プロポーズ
「せんぱ〜い」
節をつけて即興で歌う星谷の声が、鳳のマンションのリビングに響いた。
「どこ行っちゃったんですか〜?」
家具が少なくて広い部屋なのでよく声が響く。
「やっぱり逃げちゃったんですね〜せんぱ〜い」
鳳のマンションに来るのはあれ以来で、鳳は留守だった。
キャリーバッグもない。
「先輩のなにかあるとすぐいなくなるの〜それって悪いクセだとオレ、思うんです〜」
高らかに歌い上げる。
「今だから言いますけど〜華桜会をやめたときも〜休学する必要はなかったんじゃないですか〜」
背後から力強く拍手され、まさか、鳳先輩? と星谷が振り返ると、そこにいたのは柊だった。
柊もこの部屋の鍵を持っている。
「とても良い歌です」
慌てる星谷に柊は場所を変えることを提案した。
カフェの奥まった席で、星谷は柊と向き合って座った。
「あの、柊先輩。さっき聞いた歌はどうか鳳先輩には内緒で」
「まったくあの通りですよ。本人に言ってやればいいのです」
「いや、それはちょっと」
星谷は力なく笑った。
柊は鳳と連絡が取れなくなったので確認に来たそうだ。
コーヒーを一口飲んで、星谷は柊の顔を見た。
「鳳とつきあうのは大変でしょう」
「え、と。オレは」
言いかけたところで携帯端末が着信を知らせたので、断りを入れて上着のポケットから出した。
「鳳先輩からです」
送られてきた写真を柊に見せる。
「これは、マチュピチュですね」
「マ?」
「ペルーにあるインカ帝国の遺跡です。あ、またなにか来てますよ」
星谷はディスプレイを自分のほうに向け直した。
「来る? とか言ってます」
「行きますか?」
「無理です」
無理です。と返信すると、そう。残念。と返ってきた。
やりとりはそれで終わり、柊が盛大にため息をついた。
「本当に、鳳は。すみません、星谷くん。僕から謝ります」
「え、いいえっ」
なぜ柊が謝るのか、鳳と柊が兄弟だからだろうと星谷は思った。
柊先輩は柊家に跡取りとして引き取られた養子だそうだ、というのは卒業後月皇からもたらされた情報で、そういえば鳳と柊は親戚で同じ生年月日で、となれば誰でも気づく。
「オレは、鳳先輩が好きなので」
柊は少し驚いた顔をしたが、すぐいつもの落ち着いた笑みを浮かべた。
「そうですか。では、君にとってよいように」