共演者
「星谷って中坊んときは複数の運動部の助っ人やってたんだろ?」
恋愛話から逃げ出そうとした星谷を、虎石が止めた。
「え、そうだけど」
「んじゃ、モテただろ」
「モテないよ」
「バレンタインにチョコ貰ったろ」
星谷は少し考えてから答えた。
「貰ったけど」
「何個? 一個や二個じゃねえだろ?」
「全部義理だよお」
「ちげーよ! おまえみたいに運動神経いいけど地味なヤツが貰うチョコはガチなの!」
そんなことないよお。と笑った高校時代のことを、星谷は思い出した。
今になって考えると、虎石の言うとおりだったのかもしれない。
ステージに立ち、ファンレターやフレゼントを貰う立場になって振り返ると、綾薙時代以前も自分が気づかなかっただけで好意を向けてくれていた女の子はいた気がする。
あの頃、星谷は奥手だった。
今、そんなことを考えているのは、パニックになっているからだ。
星谷は鳳のマンションに泊まっている。
少し前。
「せんぱーい。オレ、今、すっごい楽しいですー」
星谷は酒はいわゆる普通に飲めるという程度なのに、鳳がファンから貰ったという赤ワインが美味しくてつい量が過ぎた。
「はいはい。立てるか? 酔っ払い」
「オレ、酔っ払いじゃないですよー」
立とうとしてふらつく。
「ほら、言わんこっちゃない。立派な酔っ払いだよ」
鳳の胸に頭を預けて、星谷はヘラヘラと笑った。
「足、ちゃんと床につけて。怪我したらどうするの」
「だいじょうぶですってばー」
やれやれ、と月皇の星谷のみに発する口癖と同じことを言って、担がれるようにして星谷用になっている部屋に運ばれた。
「おおとりせんぱーい、行っちゃうんですかー?」
廊下の照明だけで室内は暗かった。
「オレ、さみしいですー」
かけられた布団から手を出し空を掴むと、離れかけていた鳳が戻ってくる気配がした。
せんぱーい。と繰り返す星谷の額に掌が置かれた。
たまにされるように撫でられるのだと思い、幸せな気持ちで目を閉じる。
「おやすみ、星谷」
鳳の手が星谷の前髪を上げた。
おやすみなさい、先輩。そう言う前に柔らかく熱いなにかが額に触れた。
「いい夢を」
掠れた声が耳元で響く。
反射的に開けそうになる目を、星谷は必死につむったままにした。
ドアが閉まったのを待って、さらにもっと待ってから、ようやく目を開ける。
額が熱い。頬が熱い。全身が熱い。
キスされた。鳳先輩に。
酔いなど吹き飛んだ。
ベッドのなかで固まったようになっていたが、心臓のバクバクが止まらない。驚いたのもあるがそれだけではなく、胸の奥底の閉じていた蓋が開いたかのように、突然甘ったるい感情がとめどなく溢れてきた。
そして混乱のまま虎石と交わした会話を思い出した。
そんなことも今は昔だ。
役者として生きるようになりその世界にはいろんな人がいて、最初は戸惑ったがやがて慣れた。
友人たちのなかにも結婚する者が現れ、自分はいつだろうかと、笑い合ってみんなと話す。
だがそうだ。そのとき星谷はたいていぼんやりと鳳のことを考えている。
朝、鳳はいつもとまったく同じだった。
まだ残る額の熱は、星谷が見た夢のせいだったのかと思うくらいだった。
「先輩。昨日は酔ってました?」
朝食の用意を手伝いながら、なんでもないふうに訊ねた。
「それはおまえだろ?」
そうなんですけど、と星谷が苦笑すると鳳は冷蔵庫を開けるために背中を向けた。
「まあ、でも、そうかな。俺もちょっと酔ってたかもね」
星谷はその声の響きになにか引っかかるものを感じて、オレ、と言いかけて一度言葉を切った。
「最後のほう、記憶がないんですよね。気がついたら朝でした」
それから、えへへ、と付け加えて笑った。
「そう」
牛乳を持って振り返った鳳も穏やかに笑った。
そのあと他愛ないことを話しながら、ああ、そういうことか。と星谷は理解した。
先輩は今「いつもの鳳先輩」を演じているのだ。
今だけ? もっと前から? わからないが、確かなのは星谷も今日から「いつもの星谷」を演じなければならない。
共演者になったということだ。