合鍵2
卒業してすぐ星谷はミュージカル俳優としてデビューが決まった。
綾薙祭が終わったあと、学園から大作ミュージカルの主演オーディションを受けるかと打診があり、数ヶ月のレッスンを経て挑み、合格したのだ。
元々希望していた大学進学は、推薦を受けるにも一般受験するにもオーディション対策と時期が重なり見送った。
受かったことにより卒業記念公演の出演も辞退することとなったが、仲間たちはみな快くその決断を受け入れてくれた。
ひとつ予定外だったのは、最終選考が鳳のデビューの翌日だったことだ。
「あああああーーーーーっ!!! 行きたい! 見たい! 鳳先輩のデビュー公演ーーーーーっ!!!」
星谷は転がりまわって悔しがったがどうにもならない。
「君はオーディションに集中すべきときです。前日は睡眠をしっかり取って挑んでください」
柊から直接電話がかかってきて諭され、泣く泣く諦めざるをえなかった。
鳳のデビューを元チーム鳳のメンバーは並んで観劇した。
五つ目の席が空いたままで、せめて星谷の写真をと天花寺と空閑が写真立てを置こうとしたが、縁起でもないと月皇が、星谷くんは明日オーディションが終わったら見にくるって言っていたから、と那雪が止めた。
先輩、今どこにいます? 会えます?
星谷から連絡が来て、家にいると鳳が返信すると、しばらくしてやってきた。
「先輩ー。やっと会えたー」
「会っただろ。初日に、おまえの楽屋で」
「そうなんですけどー。ちゃんと話せなかったじゃないですかー」
抱きついてくる星谷を、鳳はよしよしと頭を撫でた。
「ようやく自由な時間ができました。綾薙全面バックアップ怖いです。ちょっと暇ができると取材突っ込んできます」
あはは。と鳳は笑った。
元々話題作であり事前の行き届いた宣伝の効果もありオーディションで主演を射止めた新人への注目は高く、公演は成功した。今世間でミュージカルに少しでも関心があれば、星谷悠太の名前を知らない人はいない。
「おまえ、変わんないね」
「え、オレ、成長してないですか?」
そういうとこだよ、と鳳は笑った。
星谷は以前愛用していたクッションを抱えて床に座った。
「オレ、先輩に話したいこといっぱいあるんですよ。先輩の舞台の感想も言いたいし」
「それは恥ずかしいから置いといて」
「え、言わせてくださいよ! あのときも見たらすぐに帰らないといけなくて、楽屋にも行けなかったんですから!」
「むちゃくちゃ長い手紙くれただろ。てか、おまえ、自筆の手紙って、あれ、なに」
「メールとかだと紛れちゃうかもしれないじゃないですか。ずっと前に辰己たちが柊先輩に手紙をもらったの、あれ、オレいいなと思ってて」
じゃあ俺もおまえに手紙書こうか? と鳳が茶化すと、星谷は、ぜひぜひ! と喜んだ。
一時間ほど喋り、明日から地方公演だと星谷は立ち上がった。
駅まで送ろうという鳳の申し出を断り、玄関で靴を履きながら、あ、と突然叫ぶ。
「先輩。オレ、鍵、返さないといけないですか?」
返しましょうか? ではなかった。
「いいよ。持ってな。これからはそのほうが会いやすいだろうし」
どちらも多忙になれば、待ち合わせはしづらくなる。
星谷の笑顔が今日一番輝いた。
「じゃあ、オレ、次に来るときは地方のお土産持ってきますね!」
「楽しみにしてるよ。ボーイ」
ドアが閉まってすぐ鳳がベランダに出ると、ちょうど下にいた星谷が両手を大きく振った。