合鍵
綾薙学園に入るまで星谷はそれほどミュージカルや映画を見てきたわけではなかった。もちろん本もたいして読んでない。
演じるためには知識がいると知ってからは努めて関心を持つように心がけてきたが、自主練と学校とで空いた時間はほとんどなくて、とりあえず必要に迫られたものから見て読むようにしていた。
鳳の部屋には映像作品や本がたくさんあり、遊びに行くうち見せてもらうようになった。
「星谷、眠い?」
日曜の昼下がり。床の上に直接座りクッションを抱えてミュージカル映画を見ていた星谷は、鳳の声にはっと目を開けた。
「あ、いえっ、大丈夫ですっ!」
姿勢を直して数分後、再び星谷はうとうとし始め、そのうち、ごん、と派手な音を立てて床に頭を打ちつけて、それでもまだ寝ていた。
鳳はディスクの再生を止めて、寝室から毛布を取ってきて星谷にかけた。
華桜会に入ってから星谷は忙しい。
三年MS組全員の協力の元、かなり仕事を分担しているらしいが、新しいことを次々思いつくので時間がいくらあっても足りないらしい。
寮を出て今は登下校にもそれなりに時間がかかり、よく眠れていないのだろう。
日が暮れてきて気温が落ちてきたので、鳳は星谷の背を軽く揺すった。
「星谷。風邪引くよ」
寝ぼけた返事を繰り返したあと、飛び起きる。
「えっ! 今何時ですか!」
鳳が壁の時計を示すと、星谷はさらに慌てた。
「うわわわわっ! ごめんなさいっ! 遊びに来て寝ちゃうなんてっ!」
毛布をはねのけ、土下座の体勢になる。
「別にかまわないよ。おまえの寝顔、面白かったから」
星谷は両手を頬にあてた。
「お、面白い……? はっ、もしかしてよだれ……、いや、寝言!?」
口元を手の甲でごしごし拭いながら、上目で鳳に訊ねる。
「あの、オレ、なにか変なこと言いました?」
実際にはほとんど動かず静かに寝息を立てていただけなのだが、鳳はあえてなにも言わず星谷を見ながらにっこり笑った。
「おおおお、オレ、なに言いましたかっ! いえっ、いいですっ! 忘れてくださいっ!」
この焦りよう、一体どんな夢を見ていたのだろうと思いつつ、あのさ、と鳳はカーディガンのポケットに入れておいたものを出した。
「星谷」
星谷の右手を掴み、手のひらを開く。
「これからは遅くなったらここに泊まりな」
手のなかに置かれたものを見て、星谷はきょとんとした。
「あの、これ」
それは鍵だった。
「もしかして、ここの?」
「俺もいつもいるわけじゃないから、これで勝手に入ればいいから。あ、出るときは戸締りしてちゃんと鍵かけてってね」
え、でも、いや、そんな。と星谷は口のなかでもごもご言う。
「いいから」
鳳は星谷の手を自分の手で包んで握らせた。
学園からは星谷の家よりこのマンションのほうが近い。
星谷が鳳の顔と開かないよう押さえられたままの自分の手を交互に見返したあと、真面目な表情になった。
「あの、オレ。鳳先輩が優しいので、どこまで甘えていいのかたまにわからなくなるんですけど」
「俺は俺のしたいようにやってるだけだよ」
あ、と鳳は言葉を切った。
「星谷のほうこそ、迷惑かな」
離れかけた手を、星谷は急いで左手で掴んだ。
「いえっ! ありがとうございます! 受け取らせていただきますっ!」
その日はそのあと鳳が作った夕食をふたりで食べながら、ミュージカル映画の続きを見た。