弾丸ツアー

「きみ、普通になったね」
客演に呼ばれた公演の初日のあと、鳳は綾薙時代から知っている評論家に声をかけられた。
「以前のきみはもっと異端の輝きを放っていた」
にっこり笑って受け流したが、翌日の新聞に同じことを書かれた。
「的外れな記事だったね。とてもよかったと思うよ。僕はね」
鳳に黙って見にきていたらしい暁が、わざわざ電話してきてそう伝えた。
「先輩。異端の輝きってなんですか?」
記事を読んだ星谷から質問される。
「昔は俺もとんがってたから、そのことかな」
「俺は昔の先輩も今の先輩も最高にかっこいいと思いますよ? 昨日の舞台もすっごくよかったし」
星谷が最近こっているペーパードリップで淹れたコーヒーの香りが、部屋中に広がっていた。
正直最初は美味しいと言うのに苦労したが、最近は随分上達してたまに極上の味のコーヒーが飲める。
今日のコーヒーは`当たり`ぽいな。と鳳は思った。

あ、またどこかに行っちゃった。
と星谷が気づいたのは、鳳が千秋楽を迎えて数日経ってからだった。
何度かマンションに行ったが帰っている気配がなく、クローゼットを確認するとキャリーバッグがなくなっていた。
一泊程度の用意で何日もどこにでも行ってしまうのだ、鳳先輩は。
ダイニングのテーブルの上に積み上げられた雑誌のなかに、初日の翌日の新聞があったが、下のほうだったし何度も見返していたわけではないだろう。
最初に味噌はつけられたが公演は盛況のうち幕を閉じた。
星谷は雑誌と新聞をまとめて紐で縛って、ゴミ捨て場に持って行った。
「えーと。先輩のスケジュールってどうなってたっけ」
鳳はマネージメントも自分でするので確認する方法がない。
「せんぱーい。どこ行っちゃったんですかー」
声に出して言った瞬間、シャツのポケットに入れてある携帯端末が鳴った。

その街はぎりぎり寒くなる前の季節で、観光シーズンは終わりに差し掛かっていた。
鳳がここを選んだのはいつか来たいと思っていたからだ。
いつか行きたい場所はいくつかあり、どこかに行きたくなるとそのなかから選ぶようにしている。
目的のひとつだった美術館は思っていたより小さかったが、中世の街並みの残る街は特になにもせずとも数日過ごすのに退屈しそうになかった。
ホテルを出て駅に向かった鳳は、誰かが大きく両手を振っているのに気がついた。
「おおとりせんぱーい」
「星谷?」
バックパックを背負った星谷が、嬉しそうに走ってきた。
「わー、鳳先輩! やっぱり会えたー!」
「え? え? どうやってここに来たの?」
ぴょんぴょん飛び跳ねる星谷の腕を掴んで落ち着かせる。
「そりゃもちろん飛行機に乗ってきたんですよ。約十五時間!」
「あ、ああ、そう。なんで?」
星谷は携帯端末を鳳に見せた。
「先輩が写真を送ってきたんじゃないですか」
確かにそれは鳳が星谷に送った美術館の写真だった。
だがどこにいるとも記さなかった。
「みんなにこれどこ?って聞いたら、蜂矢がすぐ教えてくれました。さっすが帰国子女。物知りー」
「みんなに聞いたの!?」
「鳳先輩の名前は出してないですよ?」
鳳は額に手をあてた。
いや、それは状況的にバレているだろう。
「大変だったんですよー。それから飛行機のチケット取って、すぐ乗って、あ、俺の英語結構通じたんですよ。英会話の勉強続けててよかったー。でも、宿取ってないんです。どこか決めなくちゃ。と言っても明日帰るんですけど」
「明日帰るの!?」
「はい。仕事があるんで」
それならなんで来たの、とは鳳は言えなかった。
自分がここにいるから、星谷は来たのだ。
「おまえ、もし俺に会えなかったらどうするつもりだったの」
「心配ないです。そのときは普通に観光して帰るつもりでした。ちっちゃい街だから一日で回れるって、飛行機のなかで読んだガイドブックに書いてあったし」
なにが心配ないのかわからない。
「というわけなので、鳳先輩。ちゃんと会えたし、今日一日俺と遊んでくださいね」
星谷の満面の笑顔を前にして、嫌などと言えるわけがなかった。
「…わかったよ」
異国の街で向かい合うと、ボーイ、と呼ぶには星谷はもう青年だった。
なんだかおかしくなってきて、鳳は笑った。
「まず、なにか食べる?」
「食べます、食べます。機内食のあとなにも食べてないんです」
「じゃあ、むちゃくちゃ甘いチョコレートのお菓子でも」
わーい。と星谷は無邪気にはしゃいだ。
それなりに思うことがあって鳳はふらりと旅に出たのだが、こんなところで星谷と会った驚きで忘れてしまった。
翌日星谷は本当に帰り、鳳は数日後予定を切り上げて帰国した。

プロポーズ, 星鳳

Posted by ありす南水