同棲未満
「洗面所の歯ブラシ、なぜ二本あるのですか」
公演で海外と行き来している柊は、日本にいるときは鳳の暮らすマンションに滞在する。
荷物を置いて、うがいを済ませて戻ってきた柊が鳳に問うた。
「あ。あれは星谷の」
「星谷くんの?」
「しょっちゅう泊まりに来るから置いてあるんだ」
しょっちゅうとはどの程度の頻度を言うのかと思いながら、柊はキャリーバッグから出した服を入れるためにクローゼットを開けた。
明らかに鳳のものではない服が数着かかっている。
靴箱にも鳳とは違うサイズの靴が入っていた。
「君たち」
「ん? 誰たち?」
鳳は鼻歌を歌いながら、コーヒーサーバーでふたり分のコーヒーを淹れていた。
「星谷くんと君です。同棲してるみたいですね」
「あははは。せめて同居って言ってよ」
呑気に笑う鳳の横顔を、柊はじっと見た。
一見どう見えようと、鳳は意外と他人に心を開かない人間だ。
そういうところは兄弟だけあって自分と似ていると柊は思っているが、自分が慎重ゆえにそうであるのと違い、鳳はたぶん天才ゆえに他者に理解されないことに慣れていてすぐ諦めるのだ。
その鳳が自分のテリトリーに星谷悠太を入れている。
星谷が垣根のないタイプであることを差し引いても稀有なことだ。
「そのご縁、大切にしたほうがいいですね」
メガネのブリッジを指で押す柊に、鳳は首を傾げた。
「そうだね?」
あなたはまたわかっていない。
そう思ったが、言わなかった。
わかったらわかったで気づかないふりをするだろう。
玄関で物音がして、鍵を開ける気配がした。
「鳳せんぱーい。すみませーん。お邪魔しまーす」
通る声が響き、ぱたぱたと足音がして星谷が現れた。
「柊先輩。おかえりなさい。ごめんなさい、ちょっとだけ失礼します」
記憶にある最初に会ったときの少年のイメージより、ずっとしっかりした印象になった星谷は、右手に鍵を持っている。
「あれ、ボーイ。どうしたの?」
「すみません、明日いる資料の入った記録メディアを部屋に置いたままにしていて。それ取ったらすぐ帰りますので」
「せっかく来たんだから、夕食食べて行ったら?」
「いえっ! 柊先輩が帰ってきてるのに、俺、邪魔はしませんからっ!」
星谷はどうやら彼専用になっているらしい客間に向かい、鳳はそのあとについていく。
リビングに残った柊は、邪魔なのは自分のほうの気がしてきた。
「合鍵まで渡しているのですね」