クールビズ
「暑い」
ガエリオのつぶやきを耳にして、マクギリスは顔をしかめた。
「蒸せる。暑い」
「いいかげんにしろ。ガエリオ。余計に暑くなる」
マクギリスとガエリオは、現在監査の内偵のために動いている。
現地の人間は涼しげな半袖のシャツにゆったりとしたパンツ姿が普通の高温多湿なこの地域で、スーツを着て歩き回るのは正直苦行だ。
しかも立場を伏せているため公用車を使えず、交通の公共機関で移動している。
一言で言うなら、暑い。
気休め程度にしか空調の効いていない雑居ビルのエレベータで、ガエリオはまた言った。
「暑い!」
「わかった。もういいから、おまえはホテルにいろ」
「それでは護衛が務まらないだろ」
「では上着を脱いで襟元を緩めて袖をめくり上げろ」
「それには抵抗がある」
マクギリスは小さく頭を振った。
「ガエリオ。こういう蒸せる地域では軽装でいていいシーズンというのがあるんだ。ビジネスマナーにも適って、なにをしている」
マクギリスはガエリオが聞いていないのに気づいた。
なぜならガエリオはマクギリスの上着とシャツの襟のあいだに鼻先を寄せていた。
「おまえ、なにかつけていたか? いい匂いがする」
暑いのはマクギリスも同じだ。
当然汗もかいている。
「なにもつけていない。いい匂いもしない。離れろ」
「いや、待て。この匂い、覚えが」
汗の匂いを嗅がれて嬉しい者はそういないだろう。
マクギリスは顔をしかめたが、ガエリオは一層くっついた。
「わかった! おまえ、あれだ! アレのときのおまえの匂いだ!」
マクギリスの顔からすっと表情が消え、右腕の肘がゆっくりと確実にガエリオの鳩尾に向かった。
チン、とクラシックな到着の音がして目的階に着いた。
出迎えに来ていた先方が目にしたのは、エレベータから出てきたマクギリスと、エレベータのなかでうずくまるガエリオだった。
「あ、あの、お連れの方は」
マクギリスは滅多に見せない最高の微笑みで答えた。
「暑さにやられたようで。少し休ませてやってください」