駆け落ち
湖に面した窓を開けると濃い緑の匂いがした。
「いいところだな!」
浮かれているガエリオを一瞥して、荷物を置いたマクギリスは、
「そうだな」
と答えた。
今朝方いきなり官舎に迎えに来たガエリオに
「旅行に行くぞ!」
と一方的に宣言されてここに連れてこられた。
マクギリスは長期任務明けで今日から休暇だが、ガエリオの事情がわからない。
「そろそろ説明しろ」
「駆け落ちだ」
マクギリスは眉根を寄せた。
「俺とおまえはここに駆け落ちに来たんだ」
「文脈がおかしい」
長くなりそうなので椅子に座る。
部屋は当たり前のようにスイートで、隣のベッドルームのベッドはどうやらひとつしかないが、まあそれはいい。
「今日俺は、どこかの令嬢と引き合わされることになっていた」
ふうん、とマクギリス。
士官するようになって二年。
ボードウィン家の跡取り息子に縁談があることに不思議はない。
寿命が延びたので世代交代のタイミングが難しいのだが、ファリド家のように正嫡が子どもを残さず早逝すると、マクギリスのような人間を呼ばなくてはならなくなる。
「だからおまえと駆け落ちだ」
ガエリオは胸を張った。
「待て」
マクギリスは右手を前に出した。
「そのように書き置きを置いてきた」
マクギリスは突如頭痛に見舞われた。
ボードウィン卿はどこまで冗談が通じるのだろう。
「そのうち俺に会うなと言われるぞ」
「そんなの父上にとやかく言われることか」
言い切れるガエリオが羨ましい。
もしボードウィン卿がそんなことを言い出したら、困るのはマクギリスだ。
「今日はともかく明日は休みなのか?」
「いいや」
「…今からでも申請しておけ」
仮病とバレバレだが無断欠勤よりはマシだ。
頭を抱えたマクギリスの前に立ち、ガエリオは屈んで耳元にキスした。
「本当にこのまま逃げるか?」
マクギリスが上目遣いに見ると、ガエリオは案外真面目な顔をしていた。
「どこに」
「さあ、それが問題だ」
マクギリスはガエリオの胸のあたりを拳で叩いた。