(5)野良猫の爪は鋭い
渡り廊下を挟んで向こうではまだパーティが続いている。
エリオン公に用意されている控えの間に無断で入ってくる者はいないが、鍵をかけてあっても人の気配が近い。
明かりのついた部屋で大きな声を出さないよう快楽に耐えるマクギリスの顔を眺めるのは、なかなか気分の良いものだった。
弱いところを立て続けに責め、いつもより乱暴に揺さぶるラスタルを時折睨みつけてくるのも、たまらなくそそる。
この子はたぶん愛されて育てばまったく違う人間になっていたのだろうが、抑圧され虐げられると同時に物質的にはなに不自由ないという矛盾した環境に、本来の性格が歪められていた。
普段の澄ました表情に隠されている激しい感情が、緑の瞳の奥にちらついていてとても美しい。
我ながら悪趣味だと、そう思うとラスタルはさらに愉快だ。
絶頂が近くなり、マクギリスは頭を振って気を散らそうとしたが、容赦なく突き上げた。
人が来ないでほしいのはラスタルもそうなのだが、マクギリスは絶対に声を上げないという確信があった。そして実際最後まで声は上げなかった。
代わりに達する瞬間、マクギリスはラスタルの肩に思い切り噛みついた。
「君は猛獣だな」
出血の止まった肩を撫でながら、ラスタルは言った。
歯型は当分残るだろう。
「かわいい野良猫では?」
ぬけぬけと述べたマクギリスは、着衣の乱れを直している。
まだ微かに肌に赤みが残っているが、情事の名残はそのくらいだ。幾度肌を合わせても、マクギリスには慣れ合うところがない。
そろそろパーティに戻らねば、そう思ったところにドアが強く叩かれた。
「ラスタルさま。どうかなさいましたか。長いあいだお部屋にこもっておられるとお聞きしましたが」
イオクだ。
咎めるようなマクギリスの視線が、なぜかラスタルに注がれた。普通このような状況なら誰かと逢引きしていると考えるものだし、事実そうなのだが、
「ラスタルさま? ラスタルさま!」
いかん。ドアを蹴破ってきそうな勢いだ。
ラスタルは急いで自身も服を直し、ネクタイを結び直しているマクギリスを奥の部屋に行かせようとした。
「なぜ私が、浮気現場に踏み込まれた愛人みたいな真似を?」
ラスタルと寝ていることがはっきり知れ渡ればマクギリスも困るはずだが、同じくらいファリド家の養子と寝ていることがあからさまになるとラスタルも困る。
「ラスタルさま? ええい! 誰かおらぬか! ドアを開けろ!」
「騒がしいぞ、クジャン公」
「ラスタルさま!」
上着を羽織ったいつものラスタルがドアを開けて出てきて、イオクは安堵したのも束の間、そのうしろにマクギリスの姿を見つけて目を吊り上げた。
「マクギリス・ファリド! なぜ貴様がここに!」
「騒ぐなと言っているだろう。酒に酔って気分が悪くなった彼を、ここで休ませていたのだ」
「なんと! ラスタルさまをそのようなことで煩わさせるとは!」
「酒の失態は誰でも経験のあることだ。貴公もここは目をつぶられよ。口外は無用だ」
なんとなくしっくりこない部分は力押しで誤魔化すと、イオクはぶつぶつ言いながらも納得した。
「それではエリオン公。今日はこの辺で」
貴様ラスタルさまに礼も述べずに、とイオクが叫ぶのをまったく聞こえないふりで、マクギリスは去った。