指輪
「これ、お前の目の色と同じ」
ガエリオが差し出したのはエメラルドの指輪だった。
「母上の宝石箱にあったんだ。おまえにやる」
「いらない」
素気無く断り、マクギリスは読んでいた本に目を落とした。
「そんなこと言うなよ。ほら、きれいだ」
ガエリオはマクギリスの手を取り、中指に指輪を嵌めた。
大人の指輪は子どもの指でくるくる回る。
「な?」
にこりと笑うその顔に一点の曇りもなかった。
ボードウィン家を辞す前にマクギリスはボードウィン夫人、ガエリオの母親に指輪を返しに行った。
「あらあら、ガエリオったら」
おっとりと夫人は笑った。
「よろしいのよ。あなたが持っていらして。本当に目の色と同じね」
白い手がマクギリスの手のひらに乗せた指輪を握らせた。
「ガエリオとこれからも仲良くしてね、マクギリス」
美しくて優しい人だった。
やがてマクギリスが成長し、指輪が指にぴったり嵌るようになっても、女性用を身につける機会などなく、そのうち反対に小さくて嵌らなくなった。
「そういえば昔母上が、おまえの目の色と同じ色の指輪をよくつけていたなあ」
身体を離してもう寝るのかと思えば、ガエリオはマクギリスの顔を覗き込んだ。
「あれ俺好きだったんだけど、いつからかつけなくなって残念だったな」
マクギリスは思わず瞬きを忘れたが、とりあえずなにか言いそうになるのは抑えた。
覚えてないのか。
その指輪は今マクギリスの部屋にある。
机の抽斗の奥に。
覚えてないのだ。
ガエリオという人間は。
「おまえ、なんで笑ってる?」
ガエリオが不思議そうに訊ね、ついでのようにキスをしてきた。
マクギリスは答えず、キスだけ返した。
なんという愛すべき男だろうか、ガエリオは。
指輪は明日捨ててしまおう。