(4)
【マクギリス大体五歳】
「ヤマギ、これ、なんてよむ?」
その日の子守り当番はヤマギだった。
モビルワーカーの整備中に勝手なことをしたら命に関わるので、マクギリスは腰にロープをつけられて、フックのついた端はヤマギのベルトにひっかけられていた。
「大人しいなと思っていたら、そんなものを見てたのか」
マクギリスは床に腹這いになって、モビルワーカーの取り扱い説明書を見ていた。
「かー、たー、しー、き、あーる、えっくす?」
「え? おまえ、読めるの?」
「これ、よめない」
「それは、配線。え? おまえ、いつの間に字を覚えたんだ?」
マクギリスは大体五歳になっていた。拾った日を誕生日にして、その時大体生後半年として年齢を数えている。学校に上がる年齢ではないので、まだ字などは教えられていない。
「もしかして、こいつ天才なんじゃ…!」
急遽鉄華団幹部が集まり、マクギリスの教育方針を決める会が設けられた。
「オルガ、落ち着いて」
興奮して立ち上がる団長をビスケットが宥める。
「いやでも、やっぱ相当頭いいんじゃないか?」
試しに与えてみた大人向けの本を、つっかえながらだが読み上げるマクギリスの頭を、シノはぽんぽん叩いた。
「頭を叩くな! 馬鹿になったらどうする!」
「だから落ち着いて、オルガ」
「いや、落ち着いてる場合じゃねえ。いい学校に入れて学をつけさせよう。これからの鉄華団にはそういう奴が必要だ」
「そういうことは本人の意志を聞いてあげようよ。ねえ、三日月」
火星やしを食べていた三日月は、会議机の隣に座るマクギリスの顔を覗き込んだ。
「おまえはなにになりたい? チョコ」
「せいびするひと」
「せいび? モビルワーカーの?」
「三日月のばるばとす」
「そっか。チョコが俺のバルバトスを整備してくれるのか」
火星やしを口のなかに放り込まれて、マクギリスは笑顔になった。みんなに懐いているが、マクギリスは特に三日月に懐いていた。
「だって、オルガ」
ビスケットに背中を叩かれ、オルガは少々悔しそうな顔をした。
「いや、だが教育は大事だ」
「それはそうだね」
「おれあらやしきのしゅじゅつもする」
オルガとビスケットの会話にマクギリスの舌足らずな声が割り込み、座が凍りついた。
「おいおい、ちびすけ。なに言い出すんだ」
ユージンが茶化そうとするが、マクギリスは真面目な顔で言い直した。
「おれもあらやしきする」
全員が口を閉じ、最初に昭弘が取りなそうとした。
「やめとけ。あれはすごーく痛いんだぞ」
「だいじょうぶ」
「おまえなんか泣いちまうって」
マクギリスは指をくわえかけて、思い直したのかその指を向かいの席に向けた。
「ユージンはないたのか?」
「俺は泣いてねえよ!」
「じゃあだいじょうぶ」
「どういう意味だ!」
「三日月みたいにみっつする」
三日月は黙って頭を横に振った。
「なんで!」
「なんででもだ」
オルガが厳しい口調で言った。
「おまえに阿頼耶識の手術は受けさせない。これは決定だ。二度と言うな」
「なんで!」
「口ごたえすんなつっただろ!」
オルガはマクギリスに甘いので、恐い顔を向けられたことはほとんどない。怒鳴られて泣き出した。
「三日月、アトラのとこ連れてって」
ビスケットに言われ、三日月は大泣きするマクギリスを抱え上げた。
厨房で下準備をしていたアトラは、マクギリスを抱き上げた。
「はいはい。泣かないの。でも阿頼耶識は駄目だよ。きみは阿頼耶識なしで生きてくの」
「みんなといっしょ」
「一緒だよ。でも阿頼耶識はやらないの」
マクギリスは足をばたばたさせた。
「こいつが聞き分け悪いのもめずらしいなあ」
コーヒーを飲んでいた雪之丞が、テーブルに肘をついて面白そうに見ている。
「だがまあ、阿頼耶識はやめとけ。おまえじゃなくてみんなが泣くからな」
「いーやー!」
「わわっ! 危ないよ!」
仰け反ったマクギリスを、アトラは慌てて抱え直した。
「はいはい。嫌ね。わかったからじゃあ今日はもう寝ちゃおう」
「あさになったらあらやしきしていい?」
「それは駄目」
「いーやー!」
また仰け反ったマクギリスを、アトラはまた抱え直した。