(3)
【マクギリスだいたい四歳】
「あれ? クーデリア?」
「クーデリアだ!」
鉄華団の軽トラからトウモロコシ畑に降りたクーデリアに、クッキーとクラッカーが手を振った。フミタンも一緒だ。
「どうしたの?」
「こんなところまで」
畑は事務所と少し離れている。パンツスーツにパンプスのクーデリアは、オルガと仕事の打ち合わせだったのだろう。
「マクギリスに渡したいものがあって」
「そうなの?」
「マクギリスー!」
呼ばれて、トウモロコシの葉っぱの下からマクギリスが這い出てきた。Tシャツとズボンは真っ黒に汚れている。服の中身の本人も。
「クーデリアが来たよ」
「クー?」
「こんにちは。マクギリス」
クーデリアは膝を折った。
「お嬢様、次の予定まで時間が」
「ちょっと待って、フミタン。マクギリス、あなた、手を洗ってくる時間はないわね」
クーデリアは持っていた小箱を開けて、茶色の小さなスティクを取り出した。
「はい、あーんして」
疑うような目をして、マクギリスは逆に口を閉じた。
「チョコ。それはチョコレートだよ」
いつの間にか三日月がマクギリスの隣に立っていた。今日の子守当番の三日月について、マクギリスはここに来ていた。
「ちょこれーと?」
「そうです。チョコって三日月が呼んでいるのに、あなたがチョコレートを食べたことがないと聞いたので、持ってきました。甘くておいしいですよ」
三日月だけがマクギリスを、自分が名付けたチョコと呼ぶ。
「チョコ。あーんしなよ」
「あーん」
大きく開いたマクギリスの口のなかに、クーデリアがチョコレートを入れた。
「どうです?」
もぐもぐと頬を動かすマクギリスの顔が、やがてぱあっと輝いた。
「うまい?」
三日月の問いに、顔を真っ赤にしたマクギリスは何度も頷いた。
チョコレートは高級品で、それでも絶対入手できないということはないのだが、そう呼ばれているからと食べさせてやろうという発想が鉄華団にはなかった。
「よかった。はい、これ。あなたにあげます」
箱ごと渡されて、マクギリスの緑の瞳がきらきらと光った。片手をポケットに突っ込み、なにかを掴んでクーデリアに差し出す。クーデリアの手のひらの上で、マクギリスは小さな手を開いた。
「クーにあげる」
「あ、それ、チョコの宝物」
ぱらぱらと自分の手に落ちたものを見て、クーデリアは声にならない悲鳴を上げたが、投げ捨てるのはなんとか耐えた。引きつりながら微笑む。
彼女の震える手のなかには、虫の抜け殻と干からびた虫そのものが乗っていた。