七五三
「マリュー、このくらいでどうだあ」
「んー、もうちょっとだけ緩く」
リビングの真ん中に立つマリューの腰に腕を回していたフラガは、心持ち手の力を抜いた。
「このくらい?」
「ん、平気」
天高く馬肥ゆる爽やかな秋晴れの日。
フラガ家のお嬢さまは七五三を迎えた。
先に着付けを終えたお嬢さまは、まだ小さいので帯は締めていないが、初めての着物が珍しくて、さっきから姿見の前でくるくる回っている。
「ほどほどにしないと目まで回るぞー」
フラガに声をかけられると、とてとてと走ってきて、手の塞がっているフラガにではなく、マリューに頭を撫でてもらって、また鏡の前に戻った。
「ね、急がないとあの子、ほんとに目が回っちゃう」
「だな」
きゅっと腰紐を締めたフラガは、手際良く長襦袢の上に着物を着せていく。
着物を着付けてもらうのは、実はマリューはとても好きだ。真剣な顔をしたフラガを、体を密着させた状態で見るのが好きだから。
マリューも着物を着たらいいのに、とフラガが言ったのは、たぶん付き合いだして間がなかった最初の正月だと思うが、次の正月には本当に着物をプレゼントされた。
自分じゃ着れないから、とかなんとか、断るつもりで言い訳にしたのを、じゃあ俺が着付け覚えるから、とこれも本当に着付け教室に通って、フラガは免除まで取ってきた。
嫁入り前の女性ばかりの着付け教室で、フラガは非常にモテたらしい。
と、いらないことまで思い出して、マリューは顔をしかめた。
「なに、どこかきつい?」
絨毯に肩膝をついて帯を締めていたフラガが、顔を上げた。
「ううん」
それからさっき子どもにしたのと同じように、頭を撫でてみる。
その昔、同じようにやって、そのまま抱きつかれて結局外出出来なくなったことがあるが、お嬢さまがすぐそこにいるので、今は大丈夫。
だからちょっと大胆に言ってみる。
「ムウ、大好き」
帯揚げの形を整えたフラガが、立ち上がりながら、さっとマリューの唇に掠めるようなキスをする。
「俺も」
どたっ。
丁度そのとき、ぐるぐる回りすぎたお嬢さまが、目を回してひっくり返った。