なつやすみ
「ああ、久し振りの私のこじんまりした部屋~!」
荷物を置いて、フラガが窓を開けて空気を入れ換えているあいだ、団扇で顔に風を送りながらマリューは足を伸ばした。
オノゴロ島に行ってから、忙しくて一度もこちらには戻ってこられなかった。週末や連休にはフラガが会いに来てくれるから、無理をする必要もなく、
だからほとんど4ヶ月ぶりの我が家だ。
まあ、ワンルームなので、オノゴロに借りている部屋のほうが広いくらいなのだが、フラガがいるからマリューにとってこちらが我が家。
ちなみに「こじんまりとした」という形容詞は、フラガが言い出したもので、最初はちょっとむっとしたのだが、親しみを込めて嬉しそうに言われ続けているうちに、なんとなくマリューまでそう言うようになってしまった。
「なんか冷たいもん飲むか?」
「うーん。ビール」
「だと思った」
冷やしておいた缶ビールを二本、冷蔵庫から取り出して、フラガはマリューに渡す。
「はい、じゃあお疲れサン」
「迎えに来てくれてありがとう、ムウ」
そう。フラガは迎えに行ったのだ。オノゴロ島まで。マリューは帰ってくるのだから、待っていればいいものを、わざわざ。
最早マリューはそれを不思議に思わない。
いつものように早いピッチで、くーっとビールを飲み干したマリューは、ぐるりと首を動かしたらすべて見渡せる部屋を、ぐるりと見渡した。それからのそのそっと立ち上がると、トイレとバスルームを覗く。
「…綺麗にしてる」
ぼそっと呟いたのを、フラガは聞き逃さなかった。
「あ、そうそう。頑張ってるだろ、俺」
「…あなたの前のお部屋、そんなに汚くはしてなかったけど、そこそこ男の人のお部屋って感じがしたのに」
「そだけどさ。ここはマリュー先生の部屋だから、汚さないようにしっかり掃除した」
あ、勿論洗濯もばっちりだぜ。
と、得意気に胸を張ったフラガに、マリューは何故だか肩を落とす。
あれ?
「マリュー?」
「…つまんない」
「え?」
「あなたが適度に部屋を汚してて、それを私がかるーく叱って、それで私がお掃除して洗濯して、もう仕方ないわねっ! …っていうのをやろうと思ってたのにーーーっ!」
「は?」
マリュー先生、結構ドリーマー。
などと思わず思ってしまうフラガ。
「あー、そういうことは先に言っといてくれないと」
「そうね。…次からそうする」
換気も出来たことだし、窓を閉めると、フラガはしょぼんとしてしまったマリューの肩を抱いて、ぴっ、とエアコンのスイッチを入れた。
「えーと、なんだ、その。部屋を汚してるっつーのはもう無理だけどさ」
「はい」
「もう仕方ないわねっ!っていうのは、今からでも言わせてあげられるけど?」
「?」
どういうこと、と言おうとしたマリューの口を、フラガはいきなりキスで塞ぐ。
「…っ! …んーーーーっ!!!」
ラグの上に押し倒されて、マリューは軽く抵抗する。
「なに考えてるの、ムウっ! まだお日様も高いのよっ!」
「だってここでマリューとゆっくりするの、久し振りだし。お帰りなさいのご挨拶ってことで」
白い歯を見せた爽やかな笑顔と、手がやってることの方向性が違う。
だがマリューも軽く酔いが回っていることもあるし、夏休みの開放感もあって、まあ今日くらいハメをはずしてもいいか、と思わないこともなかったりして…
「もう仕方ないわね…」
「ほら、言った」
してやったり、という感じでにやっと笑うと、では、お許しいただけたことだし、とフラガはマリューに覆い被さった。
あつーい夏のおあつーい夏休み。