ふたりのり

オノゴロ島は狭い路地が多いから、自転車が便利だ。
遠出するときは、マリューの勤める記念館準備室所有の軽自動車があるので、個人で車を持ち込む必要はほとんどない。
日々の買出しなどは小さな市場ですませ、島で唯一のショッピングセンターには、フラガが来たときに連れて行ってもらう。

「ねえ、ムウ、大丈夫ー? 私、降りて押しましょうかー?」
「平気ー」
いつもの坂道でいつものやりとり。
荷台に横座りしたマリューは、フラガの腰に腕をまわして、降りる気など全然ないし、フラガも降ろす気など全然ない。
平らな道に来ると、マリューはフラガの背中に、肩をぴったりもたせかけた。

「おや、マリュー先生、こんにちは」
「こんにちはー」
通り過ぎる畑で農作業する、顔見知りのおばさんやおじさんに、マリューはおっとりと手を振る。
「フラガ先生も、毎度ご苦労さんなこったなー」
「いや、べつにー」

人口の少ないこの島に、美人さんがやってきて大いに話題になったのはついこの春だが、その美人さんのところに、遠路はるばる毎週会いにくる、これまたハンサムな恋人のことももうすっかり有名だ。

「あ」
「しっかりつかまっててくれよ、マリュー」
風が吹いて、麦藁帽子を手で押さえたマリューが、僅かにバランスを崩したので、フラガが注意する。
「んー、でも暑くないー? 汗かいてるわよ、あなた」
「暑いけど、くっついてるほうが気持ちいいからくっついてて」
「んー」
頷いて、マリューは帽子を少し後ろにずらせて、頭をくっつける。

オノゴロの青い空を眺めながら。
「ねえ、ムウ」
「あー?」
再び坂にさしかかって、フラガの筋肉に力が入る。
「私もこうしてるの好きー」
「そっかーおんなじだなー」
「そうねー」

「よっしゃー、登り終わり! んじゃ、スピード出すぞー!」
「きゃあっ」
マリューは楽しそうに叫んで、片手で帽子を押さえた。

下り坂を、ふたりのりの自転車が風を切って走っていく。

Posted by ありす南水