両思い編 たのしい温泉旅行(1)
「いいなあ、温泉」
こたつに入ってテレビを見ていたマリューが、ぽつりと呟いた。寝転がって新聞を読んでいたフラガは、上半身を捻ってマリューを見上げる。
「なに、マリュー。温泉好きなの」
「特別好きってわけじゃないですけど、ほら、今やってるから」
手振りで示されてテレビを見ると、「名湯。湯煙の旅」をやっている。
物心着いたときから旅しているようなフラガは、わざわざ旅行に行きたいとは思わないが、思わず画面に釘付けになってしまった。
熟年芸能人夫婦がふたりして、やや小さめの露天風呂に入っていたからだ。
「え、なに、ここ、混浴?」
「ムウ」
マリューの目つきが険しくなる。
「あれは家族風呂になってるの。貸切なのよ」
「へえ、そんなのがあるんだ」
「混浴じゃなくて残念でした」
マリューが横を向くので、あ、いつものヤキモチだ、とフラガはにやつく。
あんまり粘着質な嫉妬は御免こうむるが、マリューの場合はすぐに妬いてすぐに反省するので、愛されてるな~、と嬉しくなる程度のものだ。
フラガは指でつんつんとマリューの頬を突付く。
「ほかの女の裸なんか見ても仕方ないでしょ。俺はマリュー先生と一緒に風呂に入りたいの」
この部屋は風呂とトイレは一応セパレートだが、浴槽は小さめでフラガひとりでもちょっと狭い。
「な、週末、行こうか」
意地を張ってこちらを向かないマリューのぷにぷにした頬を突付き続ける。やがてたまりかねたのか、マリューはフラガの指を掴んだ。
「もうっ、止めてください。 …行くってどこへ」
「温泉。今みたいな宿に泊まってさ、一緒に風呂に入ろうよ」
なにやら見え見えな下心に、マリューは警戒する。
「…いやらしいことしようと思ってるでしょ」
「気持ちいいことって言ってほしいな」
間近でウインクされて、マリューは赤くなる。
ほかの人がすれば笑ってしまうほど気障な仕草が、フラガには似合ってしまうのは、やっぱりハンサムだからかしら、と他の人が聞いたら砂を吐くようなことを考える。
「予約が取れないわ、きっと。ああいうところは人気があるから」
「まかせとけって。見つけてやるから」
「高いわよ」
「明日くらい、臨時収入がある予定だから大丈夫」
このご時世に、フラガは株で儲けている。
ほかにも外為や、素人が手を出して利益が出るわけがないはずのなんとか相場などもやっていて、もし本気で投資すれば、教師などする必要もないくらい稼げるはずだ。
やっぱりお父様の血なのね、とマリューは思うが、フラガが嫌がるので言わない。
「な、温泉、行きたいんだろ?」
「ムウは一緒にお風呂に入りたいのよね」
「おんなじだろ」
…違う。
と思ったが、付き合い始めてそろそろ2ヶ月。
同じ部屋で寝起きして、職場も一緒だから、ほとんど一日中くっついているようなものなので、逆にデートに出かけたりとかはあまりしていない。
温泉に行きたいというのは、何気なく口にしただけなので、別にほかのところでもいいのだが、「恋人と旅行」というのは楽しいかもしれない。
「なーなー、行こうぜ。なー」
フラガはマリューに抱きついて、駄々っ子のように体を揺さぶる。
最初にこれをされたときにはマリューも驚いたが、なにかにつけては抱きしめられるので、もう慣れた。
背中に腕をまわして、ぽんぽん、と軽く叩く。
「雪が見れて、お風呂で熱燗が呑めるところを見つけてくれます? 週末でなくて、もっと先になってもいいですから」
「雪と酒ね。いよっしゃ! 車で行けるところがいいなら、バルトフェルドから借りてくるけど」
「電車がいい。車だと手をつないでいられないから」
「……」
意図してクサい台詞を吐くフラガと違い、マリューはまるきし天然に愛の告白をする。
ああ、もうっ、この可愛い女が俺の女だって、世界中にふれて回りたいぜっ!!
少し緩めていた腕に力をこめ、フラガはむぎゅうっとマリューを抱きしめる。
「ちょ、ちょっと、ムウっ! 苦しいっ!」
マリューの悲鳴など聞こえないほど、愛しさ全開のフラガは、まもなく、このままでは潰されてしまう、と危機を感じたマリューによって、鳩尾に見事な一撃を喰らい、しばらくその場に突っ伏すことになった。