6 危うしフラガ先生!
「スパイ容疑がかけられてるんですってね」
昼休み、体育教官室にやって来たサイが、爽やかな笑顔で言った。フラガの目の前には、今日もマリューのお弁当が広がっている。
しばらく俺とは関わらないほうがいいんじゃないかなー、とは一応先程言ってはみたのだが、私たちはなにも悪いことをしていません、とフラガはマリューに睨まれた。
「大人ってほんとに無茶を通そうとしますよね。
先生みたいにずさんな性格の人がスパイなんかできるわけないですよねー」
「ほんと、おまえって、かわいい性格してるねー」
サイの首に手をまわして、頭をぐしぐしかき回してやる。
「でも、先生、大丈夫なんですかあ? 私、先生がいなくなっちゃったら嫌ですよう」
「ぼくもヤです」
「ミリアリアとトールはいいコだねえ」
「あ、あの、マリュー先生も、あんまり頑張りすぎないでくださいね」
「ありがとう、カズイ」
生徒会メンバーにも、理事長が学園改革をしようとしていることは伝わっていて、これまでの校風が変わることを心配している。理事長の抵抗勢力であるマリューやマリューに協力しているフラガがいなくなれば、改革は必至だ。
「なんかヘンなことになってきてますけど、体育祭、大丈夫ですよね?」
明日は授業は午前中で終わり、午後から簡単な予行練習、あさってはいよいよ本番だ。
「おう。理事長が出るっつってんだから、そっちは間違いないだろ」
「先生、勝ってくださいね」
「おまえら、誰に賭けてんの」
マリューに聞こえないようフラガが声を落すと、サイはメガネをすっと指で上げた。
「生徒会は先生に半分、キラに半分賭けました」
さすが生徒会長。リスクは分散している。普段鍛えているので、フラガは特に体育祭に向けて練習などはしていない。というか、実は競技になるのかどうかも怪しんでいる。クルーゼが真っ向勝負など挑んでくるわけがなく、そこに理事長まで加わって、一体なにが起こるのか。
やれやれ、とフラガは伸びをして、肩をぐるぐる回した。
翌日の予行練習もつつがなく終わり、いよいよ本番を迎えるだけになり、なんだかんだとしていたら、フラガが学校を出たときには、すっかり暗くなっていた。
「先生、明日は頑張ってくださいねー」
「先生に賭けてますからねー」
生徒と擦れ違うたび声をかけられるのだが、プラントのスパイだとかより、職員生徒全員参加の賭け事のほうが、ずっと問題ではないだろうか。
教頭はあれから、スパイ容疑についてはまったく口にしない。無理がありありの容疑を、勢いでふっかけようとしたのだから、タイミングを外せば失敗だ。
それに明日はアスランも参加する。プラントとの問題を、騒ぎ立てる時期ではない。
一時休戦つーか、嵐の前の静けさ、つーか。
緊迫感なく考えながら、コンビニに寄って弁当を買い、フラガはマンションに向かって、ぷらぷら歩いていた。
なにか妙だな、と思ったのは街灯が途切れる一角にさしかかったときだ。
つけられてる。
そう思った瞬間、頭に向かってなにかが振り下ろされた。
ぶんっ、と風が唸るのがはっきり聞こえた。
フラガはコンビニの袋を放り投げて、やや仰け反りながら、後ろに飛び退いた。
「誰だっ!」
などと誰何している場合ではなかった。
相手はひとりではなく、全員が鉄パイプと思しき凶器を持っていて、次々とフラガに向けて振り下ろしてきた。
いち、に、さん。攻撃のパターンを読んで、何人いるか数える。
三人。それにこの感じは子ども? ってことは、生徒か?
ためらいの欠片もない攻撃に、大体誰であるかのあたりがついた。
向こうは相手が死んでもいいくらいの気持ちで仕掛けていて、フラガはさすがに生徒に怪我させちゃまずいでしょ、という気持ちがどこかにある。
「くそっ!」
どこかで隙を見つけて逃げるしかない。
そう決めたとき、駅のほうから数人が笑い合いながら近づいてきた。一瞬そちらに気を取られ、しまった、と思ったときには、鉄パイプが腹部に直撃していた。
地面に膝をつくのはなんとか避けたが、体勢を崩して後頭部が無防備になる。
「あ、喧嘩してる!」
「あ、ほんとだ! ちょっとちょっと、警察に電話!」
近づいてきたのが無邪気で、怖いもの知らずの大学生で助かった。
「ちっ、引き上げるぞ!」
その声にはっきり聞き覚えがあった。
ばたばたと走り去る足音と、大丈夫ですかー、と声をかけてくる学生たちの声。フラガは腹を手で押えながら、顔を上げて礼を述べた。
「救急車、呼びましょうか?」
頭にバンダナを巻いた、パンクな髪型の学生が申し出てくれる。
「いや、平気。ありがとう」
笑みを浮かべてみたが、自分が脂汗を流しているのには気づいていた。