5 決戦! 前夜
いつの間にか体育祭の目玉イベントになったPTA、職員合同障害物競走。
参加者はアズラエル理事長。体育のフラガ先生。PTAのクルーゼ会長。生徒代表キラ・ヤマト。プラント学園代表アスラン・ザラ。
誰が勝つのかまったくわからないこの勝負に、学園中でこっそり賭けが行われている。
キラとフラガがほぼ同率で本命。次にアスラン、理事とPTA会長の人気は同じくらいだ。
だがこれはAA学園の生徒や教師に与えられている情報が、限られているための予想であり、アスランはキラに引けを取らない能力の持ち主だし、理事長とPTA会長についてはまったく未知数だ。
「どーします? 俺あ先生に賭けますけど、先生も一口乗ります?」
フラガは音楽のマードックと、校舎の裏で日向ぼっこである。土曜の午後はうららかだ。
「んー、その賭けやめといたほうがいいぜえ」
「えー、なんでですかい」
「読めねえもん。まったく」
競技の目的が。なにが起こるかも。
「ま、いいけどね。あんまたくさん賭けるなよ。責任取らないからな」
立ち上がって、ぽんぽんと土を払う。
「これから競技練習ですかい?」
「そー、まあ生徒が勝手にやってくれるから、俺は見てるだけだけどね」
運動部の練習も中止して、これから一週間は体育祭一直線の毎日だ。フラガは変わらず忙しい。
ぽんぽんと腰を叩きながら、何気なく顔を上げたフラガの目に、二階の廊下を歩くマリューの姿が映った。
今日は弁当はなかった。マリューは作ってくれそうだったが、以前から土曜日は持ってこずに学食を使用しているのを知っていたので、さすがにそこまで甘えなかった。
ちょっとマリュー先生と語らってからにしようっと。
なんとはなしに足取りまで軽くなりながら、フラガは国語教官室へと向かった。
「マリュー先生。先生も居残るの?」
フラガが入っていくと、万年筆を手にしたマリューが顔を上げた。マリューもなにかの用事で残るのなら、帰る時間を合わせようというのが、フラガの魂胆だ。
「これ、できれば月曜までに仕上げたいんですけど、手間取っちゃって」
マリューが万年筆でレポート用紙をつつきながら、困ったように笑った。
論文でも書いているのかと覗き込んで、フラガはそれが体育祭の進行表であることに気づいた。
進行はおおまかには決まっているが、グループ分けした生徒の細かな移動の手順などは、誰かが決めなければならない。例年ならば教師が三人体制でやるところだ。
教頭も嫌がらせが露骨になってきたなと、フラガは思う。
「手伝うよ」
「でも先生には競技の指導が」
「んなこと言ってる場合じゃないでしょ。徹夜でもしなくちゃ、これは間に合わないよ」
「じゃあ、徹夜します」
ああ、頑固者。
フラガは指でマリューの額をごく軽く突いた。
「あ、」
マリューが目を丸くする。
「二年前にやったことがあるから、手順はわかってるし。俺、役に立つよぉ」
「フラガ先生」
マリューの目が潤む。
うわ。マリュー先生、反則。つーか、そういう表情、見たくないんだよねえ。
「ちょっと待ってて。すぐ戻るから」
生徒の方をマードックに頼むために、一度教官室を出る。幸いマードックはまだ校舎裏にいて、引き受けてくれた。走って体育教官室に行き、買い置きのスナック菓子とジュースのペットボトルを抱える。
急いでマリューの元に戻ろうとすると、ナタルが戸口に立っていた。
「ナタル先生」
「フラガ先生。お話が」
いつにも増して、真剣な様子のナタルだ。
「体育祭のPTA、職員合同障害物競走の件ですが」
「理事長が参加するって、きみが教頭に伝えたんだって」
「…そうです」
「ふうん」
ナタルが教頭派であることはナタルの自由だ。
「理事長は、その、なにをするつもりなんでしょうか」
「俺に聞かれても。そっちの方が詳しいんじゃないの」
「電話がかかってきたんです。そのあと理事長は急に障害物競走への参加を決めて」
「電話の内容は?」
「聞いてません。あの、マリュー先生は大丈夫でしょうか。マリュー先生になにかあったりはしませんよね」
それこそフラガに聞かれても困るが、もし理事長がなにかしようとしても、そんなこと許しはしない。
ナタルは自身の態度を決めかねているが、それでもマリューのことが心配というところか。
「ナタル先生さ、ここじゃなくて、ここに従ったほうがいいよ」
ここ、で頭、ここ、で胸を指すと、ナタルは憮然とした。
結局土曜日中に進行表は仕上がらず、日曜まで持ち越すことになった。
「あ、でも、明日は学校、空いてないですよね」
夕飯代わりにテイクアウトの牛丼を食べる手を、マリューが止める。
「んじゃ、うちに来る?」
三人前を平らげたフラガは、ディスクにデータを移してポケットに入れる。
「先生のお宅ですか?」
「散らかってるけど、散らかってない部屋もあるから」
「?」
ちょっと小首を傾げたマリューだったが、ありがとうございます、と頭を下げた。
散らかってるけど散らかってない部屋もある。
それはそうだ。なにしろフラガの自宅は高層マンションの最上階、フロア全面だ。
使っているのは一室だけ。あとはほとんど家具も置いていない。
訪れたマリューはびっくりしていた。
「先生、ここでおひとりで暮らしてられるんですか?」
「そう。親父の持ち物なんだけどさ。広いばっかりで使い勝手悪くて」
フラガはキッチンの隅に押しやっていた、やたらと重いテーブルを、リビングの前まで引っ張ってきた。
「道理で先生、生活感ない…」
マリューはまだ驚いていて、両手にバッグと紙袋を持ったままだ。
「え、俺ってそう?」
「どんなふうに暮らしてられるのかと、思ってましたけど」
「いや、まあ、暮らしてるのは奥の部屋なんだけど」
と言っている最中に、マリューはすたすたと歩いていって、ベッドを置いてある部屋の扉をがちゃりと開ける。
「うわっ、とと、先生、そこはちょっと」
男性の部屋だとすれば、まあこんなものか、という程度に散らかっている。
乾燥機があるので干すことのない洗濯物は、すみっこに積まれて使われる順番を待ち、トレーナーの下から覗く青いのは下着なのだが、まあたぶんわからないだろう。
が、スポーツ関係の雑誌の下になっているのが男性向け雑誌なのに気づいて、フラガは慌てた。
「マリュー先生、ここは駄目っ」
扉を閉めて、マリューの手からバッグと紙袋を取り、元の場所に押し戻してから、椅子を勧める。
「よかった。安心しました」
「え?」
フラガを見上げて、マリューはにっこり笑う。
「ちゃんと普通のお部屋で暮らしてられて。こんなふうになんにもないところにずっといたら、寂しくなっちゃいますものね」
なにを言っているのかと思った。
きょとんとするフラガに、マリューはさらににこにこと笑う。
要するに、フラガがだだっ広い部屋で、ひとりで孤独でいるのかと思ったが、そうではなさそうなので、よかった、と言いたいのだろうか。
だがフラガは物心着いたときから、だだっ広い屋敷にひとりか、一人暮らしが当たり前なのだ。
むしろそのほうが楽なくらいで、そういう気遣いはどちらかというと的外れだ。
にも関わらず、フラガの胸は熱くなる。
マリューの手から取った紙袋からは、既に見慣れた弁当の包みがのぞく。
どうしてマリューはそばにいるだけで、こんなに温かいのだろう。
吹きさらしに長くいすぎて、低くなってしまったフラガの心の平熱まで、いつの間にか一二度上がっている。
「マリュー先生…」
朝っぱらから盛り上がったフラガが、マリューの手を取ろうとしたとき、
「せんせー、おはよーございますー!」
サイを筆頭とする生徒会メンバーが到着した。
ふたりでは息もつかずに頑張って、どうにか日曜日中に出来上がるかどうかなので、あいつらに手伝わせてやれ、という自分の思惑に、フラガは足をすくわれた。
「マリュー先生、私たちもお手伝いしますねー」
「みんな、ごめんなさいね。せっかくのお休みなのに」
「気にしないでください、マリュー先生。ぼくらの体育祭ですから」
どこまでも性格のいいミリアリアとトール。中等部の頃から、高等部の生徒会に出入りしていた彼らは、以前にもこの部屋に来たことがある。
「先生、相変わらず無駄に広いお宅ですね…」
地味な割には言いたいことを言うカズイ。
「なんか悪いことして、手に入れたんじゃないんですか」
真面目な顔で爽やかに言い放つサイ。フラガは一瞬本気で泣きたくなった。
小憎らしいところもあるが、有能な生徒会メンバーの助けもあり、進行表は無事完成した。
マリューが泣きついてくることを期待していた教頭がどんな顔をするかな、と考えながらフラガが登校した月曜日、しかし事態は思わぬ方に向いていた。
いつもならまだ活気のない時間帯の職員室が、妙にざわついている。
マリューの顔を見たら体育教官室の鍵を取って、教官室に行き、そこでジャージに着替えてまた朝礼に戻ってくる、というのがフラガの朝の順序だ。
引き出しから鍵を出しながら、フラガはマリューに何事か訊ねる。マリューは眉を寄せて首を横に振った。
「さあ、私にも。教頭先生が朝から理事長と何度もお電話されてるみたいなんですけれど」
「なんか、プラントに関わることのようですよ。教頭、大慌てですから」
チャンドラが声をひそめて教えてくれる。
「ふうん…?」
しばらくして校長室で電話していた教頭が、血相を変えて職員室に入ってきた。
「朝礼を始める前に話しがある。プラント側にわが校の来年度の新入生募集の概要が漏れた」
ええっ!と職員一同から驚きの声が上がるが、今は十月。現時点で募集概要が決まってないことのほうが実は問題なのだが、教頭はどうやら寄付金増額について、公表するより先にプラントに知れたことを気にしているらしい。
「このことはわが校の極秘事項であると、先頃の職員会議の際にも話してあった。しかし残念ながら情報が漏れたとなると、諸君を疑わざるを得ない」
ざわざわとする職員室。フラガは机に肘を突いて、手の甲に顎を乗せていた。
クルーゼだろ。
PTA会長は勿論「極秘事項」を知っている。
もうなんでもかんでもPTA会長の仕業だ。
結論を出すと教頭の渋面など見ていてもつまらないので、斜め前のきりりと眉を上げたマリューの横顔に視線を向ける。毎朝そんな感じなので誰も気にする者はいないが、じっと見られているマリューだけが気づかないという、不思議な光景だ。そこでサザーランド教頭は大きく咳払いした。
「私は情報を漏えいした者の名を知っている!」
おおっ!という叫び。
だからクルーゼ…
フラガがぼんやり思ったとき、
「フラガ先生!」
「はい?」
教頭に呼ばれて、条件反射で返事をしてしまった。だが呼ばれたタイミングが妙ではないか? 教頭は鬼の首でも取ったかのような、得意満面だ。
「フラガ先生。今ならば穏便にすませることもできるぞ。正直に言え。貴様がプラントに情報を漏らしたのだな」
「はあ?」
そ、そんなっ、フラガ先生がっ!という叫び。
るせーんだよ。いちいち反応すんなっ。
日和見な同僚をぎろりと睨んでから、フラガは立ち上がった。
「あのー、なんか誤解してませんかね、教頭」
「しらばっくれるのはよしたまえ、フラガ先生。きみがプラント学園高等部のバルトフェルド校長と、喫茶店で会っているところを、目撃されているのだぞ」
「あー、あいつは昔っからの友人で」
「苦しい言い訳だな! 素直に認めないなら証拠を突きつけるしかないか!」
「証拠?」
「きみが住まいにしているマンション。とてもうちの給料で買えるようなものではないな。あれこそが動かぬ証拠。プラントからの報酬で得たものであろう!」
…ちょっと待て。あの部屋とAA学園の来年度募集要項。誰が考えても釣り合わなくないか?
フラガは呆れて言葉が途切れた。
これはクルーゼの仕業か。それともこの機に乗じてフラガを辞めさせるためのアズラエル理事長の仕業か。どちらにしてもかなり無理のあるやり方だ。
ここで騒いでも相手の思う壺。とりあえずやり過ごし、あとで対処を考えよう。そう思ったとき、マリューが立ち上がった。
「教頭先生、それでは言いがかりです!」
教頭は理事長の手下で、職員室では事実上のトップだ。これまでもマリューは教育方針などをめぐって教頭と激しく口論してはいたが、今はそれとは状況が違う。ここで声を上げると、フラガの疑惑に巻き込まれることになる。
フラガは止めようとしたが、彼がなにか言えばさらにややこしいことになりそうだった。
「なんですか、マリュー先生」
フラガと一緒にマリューも処断できると目論んだのか、教頭は嬉しそうですらあった。
「フラガ先生に言われたことを、取り消してください。教頭先生がおっしゃられたことは、推測にすぎません」
己の正義を信じるマリューの毅然とした様子に、誰かがほうっと、感嘆のため息をついた。確かに美しくも立派な姿だが、かなり無謀だ。
「なんですか、マリュー先生。随分とフラガ先生を庇われますな」
教頭がにやにや笑う。
「まあ、おふたりともお若いですから、プライベートでなにがあろうと自由ですが、職員室にまでそのような関係を持ち込まれては困りますな」
マリューの眦がきっと上がった。
マリュー先生、挑発に乗るな!
フラガが心のなかで叫んだとき、
「教頭っ!」
椅子を蹴ってナタルが立ち上がった。後ろに跳ねた椅子が、勢い余って壁にぶつかってひっくり返る。その間が一種触発だった空気を微妙に変えた。
理事長派のはずのナタルが燃えるような目で自分を睨んでいることに、教頭は途惑ったようだ。ナタルの意図がわからず、マリューも驚いた顔をしている。そして当のナタルも自らの行動に困惑していた。
「ナ、ナタル先生?」
「あ…」
教頭に呼びかけられ、ナタルは我に返った。
「い、一時間目が始まります。用意があるので、失礼してもよろしいですか」
ナタルは素早くいつもの切り口上に戻った。思わず教頭は頷く。
「では、マリュー先生。副担任として、生徒についてお聞きしたいことがありますので、いらしてください」
「え?」
「行きますよ!」
マリューの腕を引っ張り、ナタルは職員室から出て行ってしまった。思わぬ成り行きに教頭は呆然とし、あ、ぼくも授業が、などと言いながら、ほかの教師もこそこそと出て行く。
「先生も、着替えなきゃなんないんじゃねえんですかあ」
マードックにぽんと背中を叩かれて、フラガも体育教官室に向かう。
「ナタル先生もやりますな」
ぼそっと呟くマードックに、フラガはにやりと笑い返した。
ナタルは廊下の端まで、マリューを引っ張っていった。
「あなたという人は!」
怒りの形相で、ナタルはマリューに向き合った。
「少しは考えて行動してください! あそこで教頭に食ってかかってどうなるというのです!」
「まあ、助けてくれたのね。ありがとう、ナタル」
ほわわんとしたマリューの様子に、ナタルは脱力しかけたが、なんとか足を踏ん張った。
「しっかりしてください。今がどういう状況かわかってるんですか? 理事長派はあなたを追い出そうとしているし、あなたに協力的なフラガ先生も排除しようとしているんですよ」
「わかっているわ。だからこそ私に巻き込まれて、フラガ先生にご迷惑をおかけするわけには、いかないわ」
「フラガ先生は理事長と同じで下心があるんですよ!」
マリューは少し顔をしかめ、それを見てナタルはさらに苛々する。
「マリュー先生。この際ですから言っておきますが、フラガ先生は、マリュー先生が思っているような人ではありませんよ」
「私がフラガ先生をどう思っているというの?」
「それは…」
真正面から切り返され、ナタルは返事に窮する。
マリューがフラガをどう思っているのかは、実はよくわからない。ただ、信用しているのではないかと思う。マリューが転任してきて最初に力を貸すようになったのがフラガなのだから、それも無理はないだろう。
だがナタルは昔のフラガを知っている。卑怯な真似はしない男だったが、とにかく女性関係は派手だった。誰にでも親切で来る者拒まずならば当然だ。ナタルもほのかに憧れていたが、それはあえて忘れる。
マリューに過去のフラガの素行を告げるべきだろうかと、ナタルは迷った。するとマリューはふっと表情を和らげた。
「ありがとう、ナタル。心配してくれているのね。でも私は自分の見ているものを信じるわ」
柔らかい、でも力強い声。
「マリュー先生」
そうだ。マリューはいつもこうだ。ふらふらしていて危なげなのに、突然揺ぎない自信を見せる。なんについても理屈がなければ納得できないナタルは、マリューのこのなにに根拠があるのか不明の強さが
理解できないし、むしろ厭わしいものだった。…これまでは。
「ほら、ナタル。本鈴だわ。行きましょう」
「…はい」
ナタルはマリューのあとについて、教室に向かった。
オルガ、クロト、シャニの三人はいつものように遅刻ではあるが、登校しようとしたところを、アパートの前に止まっていたアズラエルの運転手付自動車に無理矢理乗せられた。
「おはよう、きみたち。随分長い間連絡なしでしたが、お元気でした?」
助手席にオルガ、後部席に喧嘩しながら座っているクロトとシャニ。すみっこに押しやられたアズラエルは、ふたりの手や足が顔に当たりそうになるのを、眉間に皺を寄せて避けた。
「なんだよ、おっさん。俺たちもう、あんたの命令は聞かないことに決めたんだぜ」
「そーそー。マリュー先生を困らせる奴は俺らが許しちゃおかないんだぜ」
「そーゆーことー」
このクソガキども…!
三人の首根っこを掴んで港に捨てに行きたい衝動をこらえて、アズラエルは口の端をひきつらせて笑った。
「そうですねえ。きみたちの気持ちもわからないではないですよ? マリュー先生はこれまで辛いことの多かったきみたちに、優しくしてくれたんですねえ」
アズラエルの猫撫で声に、三人はいつもと違うなにかを感じて、目を見交わす。
「おっさん、またなにか企んでんのか」
オルガが三人を代表して疑いを口にする。
彼らは元々この男が大嫌いだ。エサは与えてくれるが、それはいつか利用するときのためで、いらなくなったら捨てるより悪い方法で消されることを、彼らはよくわかっていた。
三人から憎悪を向けられてもびくともしないアズラエルは、ネクタイの結び目に手をかけ、歪んでもいないのに直した。
「ま、きみたちがマリュー先生を慕っているのはボクにもわかりました。でもだからといって、ボクと対立するのは無意味ですよ?」
「てめえはマリュー先生の敵だ!」
「マリュー先生、おまえキライー」
クロトとシャニをぎろりと睨みつけると、アズラエルは凄みのある笑みを浮かべた。
「そんなことを言っていいのかな? マリュー先生がボクと結婚したあかつきには、ボクは彼女をきみたちの専用家庭教師にしてあげようと、考えているんですが」
「…なに?」
三人が同時に言った。食いついてきたことを確信して、アズラエルはさらに笑みを深くする。
「専用家庭教師。今は授業中と放課後くらいにしか顔を合わせていないのでしょう。それが朝から晩までずっと一緒ですよ。どうです? どちらがいいですか?」
それはずっと一緒がいいに決まっている。三人はそれぞれの頭のなかで損得を計算する。
「でも、マリュー先生は、学校の仕事が好きって言ってた…」
オルガの呟きに、アズラエルはすぐ反応した。
「ダメダメですね、オルガくん。そんなことを言っていて、もしマリュー先生がボク以外の誰かと結婚したら、先生は学校を辞めてしまうかもしれませんよ。そうしたら、きみは二度とマリュー先生に会えなくなるんですよ。それでもいいんですか?」
三人は再び目を見交わした。
マリュー先生に会えなくなるなんて、絶対嫌だ。
アズラエルはくっくっ、と笑った。
「気持ちは決まったようですね。では、きみたちにやってもらいたいことがあります」