2 恋と花火と文化祭
ぽーんぽーんと打ち上がる花火。
マンガとかでは見るけど、ほんとにこんなことするとこあるんだなー。
もうおわかりでしょうが、これはフラガのコメント。プラント学園の文化祭は実に派手だった。
「うちも花火を上げないと負けてしまうかなあ」
「今からじゃ手配できないだろう」
と、これはサイと副会長のトールの会話。
そう。AA学園とプラント学園は創立年が一緒のライバル校。なにかにつけて張り合うのが伝統なのだ。
結局キラは来なかったが、せっかくだからと生徒会一行と引率のマリュー、そしてマリュー先生が行くなら勿論ついてくるフラガで、本日はプラント学園文化祭の見学である。
「アスランに会えたら、キラのことを伝えたいな…」
ミリアリアがぽつりと漏らす。
たとえばフレイ・アルスターのような華やかさはないが、このコは将来きっといい女になる、とフラガは思う。しっかりしていて優しくて、いずれはマリュー先生のようになるかもしれない。尤もマリュー先生は、十代の頃から周囲のアイドルだったと思うが。
よくぞ現在フリーでいるものだが、実はフラガは知っている。マリュー先生が肌身離さず持っている薔薇の象嵌細工の施されたペンダントには、どうやら男の写真が入っているらしい、ということを。
だがどうやら今も付き合っている男ではないようなのだ。ということは、昔の彼氏?
マリュー先生をふるような大馬鹿者がこの世の中に存在するのか? いるなら俺が叩きのめしてやるっ!
と、かなりズレたことを思いつつ過ごした数ヶ月のあいだに、どうやらそいつは死んだか遠いところに行ってしまったかで、もう二度と会えないらしい、ということを知った。
彼女が時々陰のある顔で窓辺に佇んでいるのは、そのせいなのか…! 俺が優しく包んでやりたい…!
と思いつつ、どうにも想いの伝わらない日々であった。
本日のマリューは赤いワンピースを着ていていつにもまして可憐だ。学校ではスーツか地味な色のワンピース着用が多いので、ちょっと趣が変わって見えていとおかし。
「それ、よく似合ってる。素敵だね」
そう言うと、マリューはほんのり頬を染めて、ありがとうございますと頭を下げた。
「ジャージ姿じゃないフラガ先生は、なんだか先生じゃないみたいです…」
おいおいおいー、俺、校内ではジャージだけど、登下校はちゃんと私服着てるでしょー、とフラガは内心叫んだが、なんとなく誉めてくれたっぽいので、突っ込みは止めた。
フラガの格好は白い綿シャツに綿パンツ。朝涼しかったので、淡いベージュのジャケットを羽織っていたが、暑くなってきてすぐ脱いで、邪魔そうにしていると、マリューが持ってくれた。
「そんなふうにしてると、皺になっちゃいますよ」
真面目に注意してくれる様が可愛すぎる。
ああ、こんなふうに四六時中お世話されたい…!
「フラガ先生、嬉しいのはわかりますが、きちんと引率してくださいね」
ガキのくせに老成したサイの冷ややかな言葉に、フラガはやや冷静さを取り戻す。
「るせーな。今日は休みなんだから、俺は仕事じゃねえんだよ」
「そんなこと、世間には通用しませんよ」
サイがぴりぴりするのには理由がある。プラント学園の特別進学コース、「ザフト」のメンバーが、AA学園を目の敵にしているという噂が、生徒会にも入っているのだ。
理事会のメンバーを保護者に持つザフトのメンバーは、ほとんどがキラと同じか、それ以上の知能を持つ天才少年たちで、アスランもその中に含まれている。
生徒会の面々、サイ、トール、ミリアリア、カズイだけならそれぞれ危険回避は出来るのでいいのだが、ほかにマリューが誘ったオルガ、クロト、シャニがいる。
普通に道を歩いているだけで、世間様に喧嘩を売っているような三人を、なぜに他校の文化祭につれてくるのだと思うが、そこがマリューのマリューたる所以。そして三人がマリューを慕う所以だ。
三人はマリューに、まんま「母性」を見ている。たったの二六でそんなふうに見られちゃ、押しつぶされてしまうでしょうに、とフラガは思うが、海のように広くはないが、深さはあるのがマリューだった。
実のところフラガがマリューに惚れているのも、その果てない深さ故なのだから、それに付随してくる厄介ごとにも目を瞑るしかない。
「どうしましょう。一度全体をぐるっとまわりますか?」
パンフを片手に、サイがコースを確認する。
「おまえらに任せるから、行きたいとこ決めな」
早速てんでばらばらに動こうとする三人組を、フラガは両手両足を使って押える。
「団体行動が原則、な」
「こっちに行く!」
「あっちだ!」
「そっちー」
見事に三人とも違う方向を指すのを、一同は無視。駄目でしょ、そんな我侭言っちゃ、とマリューが嗜める。
「じゃ、行きましょうか。まずは校内の展示物から…」
サイが先導しようとしたとき、
「ほーう、これはこれは。AA学園の皆様じゃないか!」
妙に力の入ったやや高めの声が行く手を遮った。特権意識に凝り固まったいやーみな感じが滲み出ている、要するに意地悪声だ。
一同が振り返ると、やはりそこにいたのは、ザフトの制服である「赤」を着たイザーク・ジュール。その後ろにはディアッカ・エルスマンとニコル・アマルフィもいる。
イザークは腕を組んで、顎をきっと上げた。
「で? なにしに来たんだ? まさかうちの真似をしようと、スパイに来たんじゃないんだろうな」
「あー、なに? AAの学祭って、そんなにたいしたことないのう?」
ディアッカが口添えして、最初っから喧嘩腰だ。出来るだけ穏便にすませたいサイが、とりなすように笑う。
「まさか。プラントの学祭は有名だから、一度見学させてもらいたいと思っただけだよ」
ザフトで数少ない穏健派、ニコルが笑顔で一歩前に出る。
「それはようこそいらっしゃいました。楽しんでいってくださいね」
イザークがニコルをぎっと睨みつける。
「ニコルっ! 油断するんじゃないっ! こいつらはAA学園の奴らなんだぞっ!」
…だからどうだというのだろう。
AAとプラントは仲がいいとは言えないが、それはなんとなくのライバル心からであって、現在は理事長同士が不仲だという以外、過去に実際になにかあったわけではない。
こいつ、カルシウムが不足してるな…
イザークが聞いたらさらに怒りを増幅させそうなことを、フラガは思った。個性溢れるザフトに比べれば、ものすごく地味なAA生徒会のメンバーも、さすがに気を悪くしたようだ。対して筋道だって行動しない三人組は、まったく熱くなっていない。
まずいよなあ。喧嘩になったら、どう見てもうちが不利だよなあ。
喧嘩になることがまずいのでないあたりが、フラガという男。フラガにとっては、負ける喧嘩をすることがまずいのだ。
やるなら勝て。勝てないなら逃げろ。それが彼の人生哲学。
と、そこでマリューが動いた。
知らず知らずにイザークとの間合いを詰めていたサイの胸のあたりを、そっと手で押した。
「駄目よ、サイくん。私たちは喧嘩しに来たんじゃないのよ」
「でも、先生」
口ごたえするサイを、マリューは睨みつける。
「そちらのあなたもよ。どうしてそんな言い方をするの? 私たち、なにも悪いことはしていないでしょう?」
マリューに視線を向けられたイザークがびくっと体を震わせた。その様子はさっきまでの尊大な態度とは違うが、彼は教師に注意されたくらいでびくつくような性格では絶対ない。
あれ? とザフト組も含めて一同が思ったとき、
「母上…?」
イザークが今度は声を震わせた。
「え…?」
驚くマリュー。クルーゼPTA会長ではあるまいし、こんな大きな少年から、母親呼ばわりされる覚えはないだろう。
そんな反応にはお構いなく、イザークはだだだっ、とマリューに近づくと、その手を握った。マリューを見上げるイザークの瞳はきらきらと輝いている。
「あなたの声は、母上と同じだ…!」
「え、そうなの?」
「ああっ、その声! 母上ーっ!」
イザークがマリューに抱きつく。
一同呆然。
比較的早く立ち直ったニコルがディアッカを見る。
「イザークのお母さんって、政府のお役人で先月からヨーロッパに研修に行ってるんですよね?」
「ああ、半年帰ってこないらしいぜ」
ディアッカも毒気を抜かれて、どういう顔をしていいのかわからないようだ。
「あの先生の声、イザークのお母さんの声と似てますか?」
「まあ、なんとなくは。似てると言われれば、そうかな…」
「イザークって…」
ニコルはその先を言わなかったが、その場にいた誰もが知った。
イザーク・ジュールが、母上を深く愛していることを。
さすがに恥ずかしくなったのか、イザークはディアッカとニコルをつれて立ち去ってくれた。
取り残されたようなAA学園ご一行は、気を取り直して学祭巡りを再開する。
「どこに行っても人気者だな、マリュー先生」
「そんなことは…さっきはちょっとびっくりしました」
互いに教師という職業柄、十八歳以下でマリューにくっつく者に関しては、フラガは大目にみることにしている。決して油断はしないが、PTA会長や理事に比べれば気にするほどのことはない。
「じゃ、本館の展示物から見ていきますねー」
サイの先導で校舎に入ろうとしたとき、
「アラー? フラガじゃないノー?」
上滑りしたような女の声がフラガを引きとめた。
「あれっ、アイシャ?」
右斜め前方に、ボンテージファッションですか?と聞きたくなるような格好の美女がいるなー、と思っていたが、どうやらそれはフラガの旧知のアイシャだったらしい。
「久しぶりネー、元気にしてたノー?」
アイシャがひらひらと近づいてくる。
「え、なに、きみ。ひょっとして学校関係者?」
「うううーン。ワタシ、アンディの関係者」
「あ、なるほど」
プラント学園高等部の校長は、アンドリュー・バルトフェルド。かつて「砂漠の虎」と呼ばれた男で、フラガと似たような経歴の持ち主だ。
「先生、お知り合いですか?」
カズイが聞いてくる。
「ぼくたち先に行ってていいですか?」
「おう。すぐに追いつくわ」
マリューも生徒達と一緒に行こうとしたのだが、それを止めるようにアイシャが声をかけた。
「アナタ、そのドレス、似合ってるネ。センスいいヨ」
「あ、ありがとう」
おっとりーとしているようで、アイシャはなかなか鋭い。マリューの全身を一瞬でデータ解析し、フウーンと、呟きながらフラガに目配せする。
「趣味いいネ。フラガ」
「どうも」
「アンディに会ってク? 呼んでくるヨ」
「いや、まあ、生徒を引率中だからさ。また電話でもするわ」
「お会いになってくればよろしいじゃありませんか? 生徒は私が見ていますから」
マリューがいやにきっぱり言った。顔を見れば、心なしか眉がやや上がっている。
「いや、でもさ」
「どうぞ、私にご遠慮なく」
言うなり、くるりとフラガに背を向けて、生徒たちが入っていった校舎の入り口に、早足で行ってしまった。
「あ、あーと、マリュー先生?」
呼んでも振り返りもしない。
「アララー、カノジョ、ヤキモチ、やいたネ」
アイシャはどこか面白そうだ。
「え?」
「私とフラガ、親しくお喋りしたカラ、嫉妬したヨ」
「なに言ってんの」
フラガは一笑に付した。
「フラガ、いっぱい遊んだノニ、女ゴコロ、わかってないネ」
アイシャに語らせると、なんでもかんでも色事に結びつく。
もし本当にマリューに妬いてもらえるなら嬉しいくらいだが、そんなところまで行っていないのが、彼らの関係だ。話を変えるために、フラガは別のことを言った。
「アイシャ、あんたさ、この国生まれのこの国育ちで、なんでそんなにカタコトなの?」
「アンディがこれがカワイイって言うからネ」
どんな趣味をしとるんだ。アンドリュー・バルトフェルド。一見渋めのいい男だが、中身はかなり変人の、古い友人の顔をフラガは思い浮かべる。
「どうするゥー? アンディ呼んでくるネー」
「いや、またにするわ。よろしく言っといて」
「ソ?」
マリュー先生~、と言いながら、フラガはマリューの後を追った。
生徒たちとはすぐに合流できたものの、マリューはそこにいなかった。
「結構人が多いですものね。はぐれちゃったのかなあ」
ミリアリアが心配そうに呟く。
「じゃあ、俺が捜してくるから、おまえらはこのまま見学を続けろ」
フラガは三人組を睨みつけて、
「いいか、もしおまえらがここで騒ぎを起こしたら、マリュー先生はきっと泣くぞ!」
と脅してから、生徒たちと別れた。とはいえ、やたらと広いプラント学園。いきあたりばったり展示会場を覗いてみても、マリューが見つかるわけもない。
AA学園では生徒に携帯電話を禁止しているので、教師も校内では使用しないことになっている。そんなら役に立たないからと、フラガもマリューも携帯そのものを持っていないので、連絡の取りようがない。
「どこ行っちまったんだよ、マリュー先生」
こんなことなら、さっきアイシャをおいてく形になっても、マリューにくっついていけばよかった。
マリューを求めて、人気のない校舎裏まで来てしまったフラガは、引き返そうとしてそこに誰かが座っているのに気がついた。
「…アスラン・ザラ?」
ひとりぽつんと膝を抱えていた少年は、ゆっくりと顔を上げた。
「フラガ先生」
最後に会ったときより、やや大人びたアスランだった。やはりザフトの「赤」を着ている。
「おまえ、なにしてんだ。こんなところで。さっきザフトの連中に会ったぞ」
「ええ。校内を巡回しているんです。ぼくは今、休憩中ですから」
「んじゃ、出し物見るとか、しに行けば?」
「騒々しいのは苦手で…」
さすが親友だけあって、キラとアスランはよく似ている。決して暗いわけではないのだが、どこか引っ込み思案なのだ。フラガはアスランの隣に座った。先日キラの隣に座ったように。
「おまえ、元気にしてんのか? …キラは元気だぞ」
アスランは少し笑った。
「そうですか、よかった」
「相変わらず、学校にはこないけどな」
「出生の秘密、色々ショックだったんでしょうね」
「励ましてやれよ。なんなら伝言、承るぜ?」
「キラには友達がいるでしょう」
「でもおまえが一番みたいだぜ。まあ、なんか文通している女の子がいるとか、言ってたけど」
「ラクス・クラインですね」
アスランは前を見た。
「知ってるのか?」
「ええ。…ラクスはぼくの婚約者でした」
およよっ、とフラガの内心の驚き。
「きみの婚約者とキラが文通してるの?」
「婚約は解消しました」
「それはキラが関係あるの?」
アスランはうつむいた。悔しそうに唇を噛む。
「悪いのはキラじゃないんです。キラはあの娘に誘惑されたんだっ!」
いきなり激昂するアスラン。
「あの娘って、ラクス?」
「違います、フレイ・アルスターですっ!」
おもむろに立ち上がるアスラン。
「フレイはサイという婚約者がいながら、キラに近づき、優しいキラはお母さんが再婚したばかりで
悩んでいたフレイに同情して、ついうっかりそういう関係になってしまって、でもキラはすぐに後悔して、深く傷ついてノイローゼになってしまって、それを雑誌の文通欄で知り合ったラクスに相談しているあいだに、ラクスと仲良くなり、でもラクスがぼくの婚約者だとわかり、またキラは悩んで、ぼくは婚約を解消して、だからキラは悪くないんですっ!」
一気にまくしたてると、アスランは走り去ってしまった。
フラガは力なく、その後姿に手を振る。
「なんだかドロドロ昼メロのあらすじを聞かされた気分…あー、キラが今でもアスランからもらった手乗り文鳥を大事にしてること、言うの忘れちまったなあ…」
言ったからといって、なにがどうなったわけでもない気がしたが、フラガは一応呟いてみた。
「いいよねえ、ワカモノは…」
これも一応呟いてみたが、どこをいいと思ってるかと問われれば、答えられないフラガだった。
「…ん? この感じ…?」
背中を芋虫が這うようないやーな感じは、フラガには馴染みの感覚だ。
近くにあいつがいる…!
などと力んで思うまでもなく、校舎の陰からこちらを伺っていた男を見つけた。
「おい、クルーゼ」
びくうっ! と書き文字をつけてやりたいほど、男は反応した。
「な、なんですかな? 私はこの学園のしがない一教師で…どなたかとお間違いですかな?」
「なに馬鹿なこと言ってんだ。わかるっつーの。おまえ、クルーゼだろ」
そう目の前にいるのは、紛れもなくラウ・ル・クルーゼ。しかしいつもと明らかに違うのは、顔半分を覆っているのが黒いサングラスではなく、なんとも珍妙な仮面であることだ。
「や、やはり人違いだ。私はAA学園のPTA会長などではなく、この学園のしがない一教師…」
「なんでPTA会長とか知ってんだよ。語るに落ちてんだよ、てめーはよ」
し、しまったぁ…!と大袈裟にポーズをつけて叫ぶクルーゼ。
「で、なにしてんだよ。聞いてもないのに二度も言うあたり、ほんとにおまえ、ここの教師なのか?」
そんな話は聞いていない。第一、他校の教師をしながらAAでPTAの会長は出来ない。
「ふ、ふふ…」
クルーゼはいきなり笑い出した。
「私にはあるのだよ! そうしてもいい理由がな!」
「はあ?」
フラガに向かって、びしぃっと人差し指を向ける。
「おまえはいつも邪魔だな、ムウ!」
「だからなにを言ってんだか、ちんぷんかんぷんなんだよっ、てめえは!」
「そんなことを言っていられるのも今のうちだ! いつか私はおまえを倒す! そのときが来るのを楽しみに待っているがいい!」
ふはははははは…と笑いながら、クルーゼは走って逃げていった。
「…どうしたんだ、あいつ。とうとう頭にきたのか…?」
いけすかない奴とはいえ、少し可哀相な気もするなあ…などと思いつつ、フラガは再びマリューを捜しに学園を彷徨った。
黄昏が迫っていた。
屋上で佇むマリューは、向かい合う校舎のあいだに太陽が落ちていくのをじっと見ていた。
引率に来たのに、生徒を放り出してそのままだ。帰ってしまうことも出来ず、こうしている。
「みんなどうしたかしら…」
暗くなってきても、このあと花火があるので、下に見える人は減らない。
一体どうしてしまったのか、自分でもわからない。ただ、フラガがなんだか色っぽい自分の知らない女の人と親しく話をしているのを見て、とても不愉快になったのだ。
フラガに彼の世界があるのは当然だ。学校は単なる職場で、そこで少しくらい親切にされているからといって、彼のすべてを知っているわけではない。
頭ではわかっているのに…
自己嫌悪に俯いたとき、扉が開いた。
「あ、マリュー先生、こんなところにいたー!」
マリューの顔を見て、実に嬉しそうにフラガは笑った。
「フラガ先生」
思わず涙が出そうになって、マリューは慌てて気を引き締めた。
「もう、どうしたの。捜しちゃったよ」
「すみません、私…」
「ま、いいけどね。すごいね、ここ。特等席だ」
「え?」
「花火、見るんでしょ? 穴場だよね、ここ」
隣に並んだフラガを、マリューは見上げた。
この人、ずっと私を捜してくれていたのかしら…
何時間も?
なのになんにも責めたりしない。
そこでマリューは自分の腕にフラガの上着がかかっていることに気づいた。
「ごめんなさい。私、先生の上着を持ったまま…」
このためにフラガは自分を捜していたのだと、納得する。マリューは上着をフラガに差し出した。
「ああ、悪いね。ずっと持ってもらってて」
「いえ…」
酷く虚ろな気持ちになるのを感じ、マリューはそんな自分を懸命に否定した。独特の音と共に、最初の花火が打ち上がる。
「きれいだねえ」
マリューは花火を見るフラガの横顔を見る。
「寒い?」
「え?」
ワンピースはノースリーブなので、そういえば少し寒く、無意識に両腕を抱いていた。
はい、とフラガはさっき渡したばかりの上着をマリューの肩にかけた。ふわりと男の匂いがする。
「…ありがとうございます」
夕闇が火照った頬を隠してくれることを願う。
AA学園に赴任したばかりの頃は、なんだか怖い感じのする人だと思った。怖い、というのが違うなら、厳しそうというべきか。自分にも他人にも厳しそう、というのがフラガの印象だった。
その彼が、マリューがまだ孤軍奮闘していた時期に、真っ先に協力してくれるようになり、今ではいつも傍らにいてくれる。
マリューはもう一度フラガを見上げた。
次々と打ち上がる花火に、青い瞳は真っ直ぐ向けられている。
ひょっとして自分にちょっと気持ちを向けてくれているのではないかという思いを、マリューは否定した。