生徒会の面々
「プラント学園の文化祭に?」
「ええ。それならキラも出てきてくれるんじゃないかと思って。プラントの学祭は前日体育祭で二日目文化祭でしょう。一般公開しているのは文化祭だけですから、ちょっと苦しいですが、うちの体育祭の参考にということで、生徒会で見学ツアーを組もうと思うんです」
生徒会室でマリューに説明する、生徒会長のサイ・アーガイル。一年生でありながら、会長に当選したなかなかのやり手だ。
「それで申し訳ないんですが、先生に引率をお願いできないかと思いまして。大勢で他校に行って、万が一なにか問題があっては困りますから」
「わかりました。今度の日曜日ね」
マリューは笑顔で引き受けた。書記を務めるミリアリアも微笑む。
「じゃ、私、トールと一緒にキラの家に行ってきますね」
「ええ、お願い。キラくんも中等部から一緒のあなたたちが誘ってくれたら、行くって言ってくれるかもしれないわね」
「だったらいいんですけど…でも、アスランに会えるかもだから、ひょっとしたら。キラ、アスランとは私達も割り込めないくらい仲良かったんですよ」
「そうなの。そんなに…」
「ええ。だってアスランてば、キラがいるからって、プラント学園の理事の息子なのにAA学園に通ってたんですよ?」
そうなのだ。アスランは現プラント学園理事長のパトリック・ザラの一人息子。それがそもそもなぜAA学園に入ったかといえば、プラント学園には幼稚園がないからだ。なぜないのかはわからない。
ともかくプラント学園は小学校から大学までの一貫校で、たとえ理事会のメンバーの子弟であっても、幼稚園は別のところに行かねばならない。そこでアスランは、キラと運命の出会いを果たしたのであった。ところで、このあたりのBGMは「あんなに一緒だったのに」を推奨いたします。
キラと離れたくない一心で、アスランは中等部までAA学園に在学したのだが、昨年ムルタ・アズラエルがAA学園の理事長に就任したことから、高等部へは進学できなくなった。
パトリックとアズラエルは敬遠の仲だ。お互いに嫌いというだけで、互いに顔を合わせることさえしないくらい仲が悪い。
アスランは父親に無理矢理プラント学園に入学させられ、AA学園時代の友人と会うことも禁じられた。
「アスランくんに会えるといいわね。キラくん…」
マリューは誰にともなく呟いた。
そして同じ日の夕暮れ迫る河川敷。フラガとキラは草むらに腰を下ろしていた。
「なあ、キラ。家に帰れよ。せっかくミリアリアとトールが来てるんだぜ」
「来てるから、ここにいるんです」
「意固地な奴だなあ」
「みんなの気持は嬉しいですけど、ぼくはプラントへは行きません」
「なんでだよ。会えばいいじゃんか。アスランと」
キラはうつむいて、ぷちぷちと草むしりを始める。
「フラガ先生はどうしてこんなことで、ぼくを訊ねてきてくれるんですか?」
「そりゃまあ、一応可愛い生徒だし…」
白々しいとは思いつつ、一応建前を述べてみる。
「違いますよね」
野球をする小学生を見下ろしながらキラは言った。
「マリュー先生のためですよね」
「おっ」
いきなり核心を突いてくる奴だ。
「まさか隠してた、とか言いませんよね」
「そうだよなあ。普通わかるよなあ」
あっという間に建前を放棄するフラガ。
「マリュー先生だけ、わかってないみたいですけどね」
何気にきついキラ。
「そうなんだよなあ」
フラガは苦笑する。最早AA学園で、フラガがマリューを好きだということを知らない者は、教師にも生徒にもいないだろう。PTAにさえ知られている。
それがどうして肝心のマリューに伝わらないのだろう。
自分の好意は物凄くあからさまだと思うのだが、なんでだか自分の気持ちに対してだけ、マリューが目隠しされているかのように伝わらない。
「マリュー先生は、いい人ですよね」
キラの視線は高く伸びる白球を追う。
「そう思うなら、学校来れば?」
フラガもまたバットを放り投げて、勢いよく走り出す子どもを見る。
「それは、まだ」
キラはにっこり笑う。笑うとまだあどけなさの残る顔はとても可愛らしい。
「まあ、おまえ天才だから、学校なんか来なくてもいいんだろうけどさ」
「でもマリュー先生の生徒ですからね」
「そうそう。だから来てくれないと」
結局それですか、とキラは笑う。
「みんなそうなんですよね…サイは生徒会長だから、ぼくのことを気にかけてくれるし、ミリアリアも生徒会役員だから。トールだってそうだし…」
「それでなにが悪い? 誰だって一番可愛いのは自分だぞ。でもそれだけじゃない」
フラガは普段子どもにこういうことは言わない。
グレはしなかったが、人よりちょっとばかりいびつな家庭で育ったことで、物の見方が斜めになっていることに自覚はあるからだ。だがキラはもっといびつな部分に入り込んでしまっているような気がする。
「ぼく、先生のそういうところは好きです」
キラはまた黙ったが、唐突にぽつりと言った。
「エンデュミオンの鷹」
それきり言葉を切り、意味深にフラガに目配せする。フラガは目だけで笑った。
「なにかな、それは」
「しらばっくれなくてもいいですよ。ぼく、調べちゃいましたから」
「ありゃりゃ。そんな簡単にわかるもん?」
キラはくすくす笑い出す。
「駄目ですよ。そんな簡単に誘導尋問に引っかかっちゃ」
「まあ、おまえだけな。一応秘密にしといてくれよ」
知ってる人は知ってるのだが。それに別に補導歴があるわけでもなく、別段知られてもどうということもないが、最早伝説になってしまっているエンデュミオンの鷹として、騒がれたりしたらうるさくてかなわない。
「はい」
キラは素直に返事した。
いい子だなあ、とフラガはキラの髪をくしゃくしゃかき回す。それから年寄りくさいな、と思いながら付け加えた。
「立ち止まりたいときは立ち止まればいいんだよ。
でもいつかは旅立たなきゃならねえってことを忘れるなよ」
案の定、キラは俯いた。