同い年のPTA会長

翌日、フラガはグラウンドで秋空を見上げながら、そろそろそういう時期かなあ、とぼんやり思っていた。
そしてやはり午後になって、そいつはやって来た。
AA学園PTA会長ラウ・ル・クルーゼ。
彼は娘のフレイ・アルスターが体育の授業中跳び箱を飛び損ねて、ほんのちょっぴり足を擦り剥いた
ことに対して、体育担当のフラガにねじ込みに来たのだった。
サザーランド教頭はおたおたしているが、はっきり言ってフラガは慣れっこ。
なにしろ奴は律儀に二週間に一度、きっちりフラガにいちゃもんをつけに学校に来るのだ。
よくそんなにいいがかりを見つけられるものだと、逆に関心してしまう。ついでに、そのたびにうろたえる教頭にも。
クルーゼはくどくどと話が長いので、職員室では他の先生方の迷惑になる。体育教官室に丁重に引きずるようにしてお連れした。
「うちの可愛い大切なフレイに、このような重大な傷をつけるような、危険で野蛮な授業を行う学校教師の適正を疑うと共に、反省を促し、責任を追及するのが私のPTA会長としての責務である」
顔を半分覆っているサングラスをかけたまま、とうとうと主張するクルーゼの前に、突っ立っているフラガの頭の中は、半分寝ている。

おまえ、なに言ってんのか、わかってんのかよ?

と起きてる残り半分で軽く突っ込む。

大体おまえ、俺と同い年だろ。なんで十五の娘がいんだよ。

そう。パパの隣でミニスカートの裾から赤チンをつけた膝を出しているフレイは中等部三年生。
逆算すると十三のときに生まれた娘がクルーゼにいるその謎は、実に簡単に解ける。
単純に、実の親子ではないだけだ。
クルーゼは財産目当てで年の離れた女性と結婚し、その女性の連れ子がフレイなのだ。
妻となったその女性は昨年から行方不明で、巷ではクルーゼが殺して、どっかに埋めたのではと噂されているが、どういうわけだかフレイとクルーゼの仲はいい。
クルーゼは扉の前に立ちはだかり、一歩も動かない構えだ。中等部の体育はまったくフラガに関係がないのだが、そんなことはクルーゼには関係ない。

あー、このままだと六時間目は自習にせんとな
あ。しっかしどうやって自習を伝えようかなあ。

フラガがぼんやり考えていると、ノックの後に扉が開いた。
ばんっ!
クルーゼが前にのめる。
「あっ、すみません!」
クルーゼの背中に扉をぶつけたマリューが慌てている。
「ごめんなさい、大丈夫ですか? あら、クルーゼさん?」
「こ、これは、マリュー先生」
背骨とずり落ちそうになったサングラスを押えながら、クルーゼは体勢を直した。
「このようなむさ苦しいところへご用ですかな」
てめえが言うな、てめえが、とフラガが叫ぶ。
「あ、体育祭のパンフレットが出来上がったので、フラガ先生に見ていただこうと」
ほう、と言いながら、クルーゼはマリューの持つパンフレットに触れた。と見せかけて、マリューの手を握った。
「マリュー先生、今日も変わらずお美しい」
どかっ!
鈍い音と共に、クルーゼが床に突っ伏す。
白いひらひらした上着の背中に、フラガの上履きの足跡がしっかりついていた。
「気安くマリュー先生に触るんじゃねえよ」
「こ、この…っ!」
むぎゅっともう一度クルーゼの背中を踏んで、フラガはマリュー先生に近づいた。
「パンフ出来たって? どれ?」
「これですけど…」
クルーゼの様子を気にするマリューの背を押して、教官室を出る。
パパぁ、大丈夫ぅ? とフレイの緊迫感のない声が遠のいていく。
「いやあ、助かった。マリュー先生のおかげで、六時間目の授業ができそうだ」
あいつしつこくってさー、と笑うと、マリュー先生は首を傾げた。
「…先生とクルーゼさんって親しいんですの?」
「ぜんっぜん」
「でもなんだか仲良くされてらっしゃいませんでした?」
「……」
どこをどう見てそんなことを思うのだろう。
ながーい付き合いであることは確かなのだが…
フラガが「エンデュミオンの鷹」なら、あっちは「クルーゼ隊長」と呼ばれて、何度やりあったことか。
一度も勝負は着かなかったが。
とにかく向こうがフラガを目の敵にしているだけで、フラガとしてはもううんざり。粘着質な同性につけまわされて嬉しいはずがなかろう。

どうせなら、マリュー先生に追っかけまわされたいよなー

「え?」
マリューがフラガの顔を覗き込んだ。
「いや、なんにも」
「そうですか?」
にこっ。
可愛いなー。
フラガの頭の中から同い年のPTA会長の面影はあっという間に消えた。

Posted by ありす南水