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雪遊び
仙督に会うために彩衣鎮までやって来た仙師は、朝早く出立しようとして宿の男に止められた。
「お客さん、雲深不知処に行くのかい?」
そうだと答えると、なら今日はだめだと返ってくる。
「なぜだ。仙督が会ってくれるという日を調べて来たのだ」
今の仙督はこの男のような田舎仙師や市井の者の訴えも聞いてくれる。
「そうなんだが」
宿の男は窓の外を示した。
昨日の夕方から一晩中雪が降って、山が白くなっていた。
「ここはまだそれほどでもないけど、雲深不知処は雪が積もってる。今年の冬で初めてだ」
「それがどうした」
「その冬初めて雪が積もった日は、仙督は仕事を休まれる」
はあ? と仙師は間の抜けた声を出した。
「雪で道が塞がれるのか?」
「それはない。どんな大雪でも藍氏の門弟が綺麗に雪かきする」
「ではなぜだ」
「暖かい土地で育った仙督の道侶が、雪が積もると大層お喜びになる。何年か前には石段の一段ずつ小さな雪だるまが並んだそうだが、さて、今年はどんなふうだか」
それを見に行くなら止めないが、仙督に面会は無理だろうと言う。
「では私はどうすればいいのだ」
「急を要するのならば会ってくれるだろうが、そうでないならここにもう一日泊まるのがいい。お代は心配いらん。藍氏持ちだ」
「豪気だな」
「仙督の道侶に関することにはな。いつかの中秋節の話を?」
仙督が道侶のために職人を呼んで、美しい月餅を作らせたのは有名だ。
「道侶というのは魏無羨、魔道祖師なんだろ? 会ったことは?」
「この町の者なら、酒楼にいるところを見るのは普通だ」
仙師は懐から風邪盤を取り出した。
「実は私は彼の方を尊敬していて、これは苦労して手に入れた開祖の手によるものなのだが」
どれどれ、と宿の者は風邪盤を覗き込んだ。
「あー、こりゃ偽物だ。本物はここのところにしるしがある」
「えっ、嘘だろ。高かったんだぞ」
「それはお気の毒に。なんなら本物を扱っている店を紹介しますよ」
「し、しかし、偽物であれほどの値で本物となればいかほど」
「お客さん、逆だ。藍氏のお膝元で不当な商売は許されない。運がよければほかにも珍しい発明品を見つけられるよ」
そう言われて仙師はそわそわし始めた。
一日待つのは予定外だったが、よい買い物ができるかもしれないと銭袋を握りしめて教えられた店へと向かった。
姑蘇ではほかにも仙督が道侶と過ごすいつと定まっていない特別な日があり、雲深不知処に用のある旅人は近隣の町で足止めされるが、かさんだ分の滞在費は藍氏が払ってくれて観光や買い物を楽しむ時間ができるので、その日にあたると幸運だと喜ばれる。
ということを、仙師はあとから知った。
姑蘇の名物には魔道祖師の法具のほか丈夫な桶があり、仙師も田舎で待つ家族のために手桶をひとつ買った。
なぜ姑蘇で桶が名物なのかは、誰に聞いても曖昧に笑うだけで理由を知ることはできなかった。