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   出迎え傘

 仙督は忙しい。
 ここ最近はとみに忙しく、雲深不知処を開けることが続いている。
「うさぎちゃんたち、含光君の顔を覚えているか? 俺は忘れてしまいそうだよ。なにせ物覚えが悪いからな」
 鼻先を突き合わせ語りかけるも、うさぎは離せ離せとじたばた暴れる。
 ついに跳ねて行ってしまうと、魏無羨は草の上に大の字に寝転がった。
 藍忘機が戻ると言った日はとうに過ぎた。
 疲れて帰ってくるだろうから労ってやろうとしていた準備もすべて空振りだ。
「もしかして、藍湛のほうこそ俺のことを忘れてしまっているのか?」
 はたと気づいてうさぎに聞いてみようと思ったが、からだを起こして見渡してもあんなにたくさんいるうさぎが一羽もいない。
「ちぇっ。うさぎちゃんまで俺に冷たい」
 それは魏無羨が暇にあかせて毎日かまいにくるので、うんざりされているからだ。
 仕方ないので不貞寝していると、顔に影がかかった。
「見つけた。昼間っからこんなところでごろごろと」
 目を開けると藍景儀が腰に手をあてて魏無羨を見下ろしていた。
「来いよ。啓仁先生が呼んでいる」
「また蔵書閣の整理か?」
「夜狩の依頼が来ていたから、たぶんそれだ」
 魏無羨はからだを起こした。
「手ごたえのありそうなやつか?」
「簡単ならあんたにふらないだろ」
「そりゃそうだ」
 歩き出した魏無羨のあとに藍景儀がついてくる。
「俺も連れて行けよ」
「さて、どうしようかな」
「役に立つ! 俺はすごく役に立つ!」
「うーん」
「絶対ついてくからな!」
 そうして魏無羨は藍景儀とほか数名の少年たちを連れて夜狩に出かけた。
 
 翌日藍忘機は帰ってきて、雲深不知処に魏無羨がいないことを知った。
「入れ違いになってしまったね。おまえが今日戻るとわかっていたら、叔父上も魏嬰に頼まなかったろうが」
 沢蕪君が申し訳なさそうに言ったのは、いないとわかった瞬間、誰の目にも明らかに藍忘機が落胆したからだ。
 感情の動きのわかりづらい藍忘機であるにもかかわらず。
「私がもっとお役に立てていれば、含光君も早く帰れたのですが」
 随行した藍思追が詫びるのを藍忘機は止めた。
「思追はよくやってくれた」
 静室は片付いているというほどは片付いておらず、ちらかっているというほどにはちらかっていなかった。
 それが彼の気配というものだ。

 夜狩の目的は早々に達したが、あれこれ関連する事柄を解決していると思っていたより日にちが経った。
「そろそろ雲深不知処に戻らないと、含光君がまた出かけてしまわれるぞ」
 藍忘機が帰っているという知らせは届いていたので、藍景儀がそんなことを言う。
 そうだな、明日立とうか、と魏無羨が宿の窓から外を見ると雨が降っていた。
「やむまで足止めか」
 つぶやいて、向こうによく知る人影を見つけた。
「あ、おい!」
 藍景儀が何事か訊ねるより早く、魏無羨は外に出ていた。
「藍湛!」
 宿の庭に傘をさした藍忘機が立っていた。
「どうしたんだ、なんでここに?」
 魏無羨は藍忘機の傘の下に入った。少し濡れたのを藍忘機が手で雨粒をはらってくれる。
「迎えに来た」
「俺を?」
 藍忘機は頷いた。
「おまえは傘を持っておらぬ」
 藍忘機が大真面目なので、魏無羨は笑った。
「藍湛、やっと会えたな」
「ん」
 それからふたりはひとつの傘で雨を凌ぎながら、藍景儀たちのいる宿の建屋に入った。

Posted by ありす南水