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無羨先生

経験の浅い藍氏の門弟が夜狩でしくじり辺境で孤立した。
 報告を受けた藍啓仁はすぐに救援を送ろうとしたが、あいにく甥ふたりは不在で修位の高い仙師も出払っていた。
「仕方あるまい」
 ということで、現場に向かわされたのは静室で昼寝をしていた魏無羨で、数日後門弟を連れて雲深不知処に無事帰還した。
 ところがこの件はそれで終わりにならなかった。
 藍氏の門弟と一緒に助け出された他家の門弟たちが、魏無羨に弟子入りしたいと雲深不知処にやってきたのだ。
「詭道を使ったのか」
 藍啓仁に問われ、魏無羨は頭を横にぶんぶんと振った。
「そんなたいそうな相手でもなかったし、お札しか使ってない。実際鎮めるのは門弟にやらせた」
 藍氏の門弟たちも魏先輩の言うことに間違いありませんと口を揃える。
「ならば一体どういうことだ」
 年若い仙師たちは弟子にしてもらえるまで動かないと座り込んでいて、このままでは夷陵老祖がたぶらかしたなどと言われるのは避けられない。
「こやつは呪符を使った以外になにをした」
 藍啓仁が重ねて藍氏の門弟に訊ねると、
「雉を狩って私たちに食べさせてくださいました」
 という答えが返ってきた。
「味付けはたいそう辛かったですが、私たちは数日食事をしていなかったのでとてもおいしかったです」
 殺生禁止は雲深不知処のなかだけとはいえ、年長の藍氏は外でも肉食は避ける。しかし若い者は滋養のあるものに飢えていて、魏無羨はそれを自然なことだと思っていた。
「とても高いところを飛んでいる雉を一矢で仕留められて、どなたかが修位が高くなればそのように射られるのでしょうかとお尋ねになられたのに、霊力は補助に少し使うだけで、弓の腕前を上げればこのくらいできるようになると魏先輩はおっしゃられて、それならば私たちも頑張ろうとみなで言い合いました」
「それだな」
 藍啓仁が髭を撫でながら頷くと、魏無羨は驚いた。
「えっ、それだったら蓮花塢に行けばいい。俺の弓は江氏仕込みだ」
「魏嬰」
「はい」
 魏無羨は素直に返事する。
「私が邪法を納めんとする者を嫌うのは、それが邪法ゆえというのもあるが、大体が楽して力を手に入れようとしているからだ。おまえの弓の腕を鍛錬の賜物だと思わぬあの者たちが、苛烈で知られる江宗主の門など叩くわけがなかろう」
 迂闊さを叱られた魏無羨は、視線をあらぬほうに向けた。

 弟子入りが認められるまでここに岩になるまで座している、と言い張る最後の一人がようやく帰ったのは、騒動から一月後だった。
 秘策などない、地元に戻って修行をしろと毎日説得し続けた魏無羨はすっかり疲れ果てた。
 しばらくして、魏無羨は藍啓仁から呼び出された。
「時間を設けるので、今行っている座学の授業を受け持て」
 魏無羨は驚いて目を丸くした。
「世には与太話や偽物の宝具が溢れかえっている。おまえ自身がありのままを見せよ。ちょうどおまえ向けの問題児がおる」
「問題児? 昔の俺みたいな?」
 藍啓仁は咳払いした。
「おまえもたいがいであったが、そうではない。その者は陰でおとなしい者をいじめておるのだ。いじめられている者は報復を恐れてはっきりしたことは言わぬので罰も与えられぬ」
 あー、と魏無羨は頭を掻いた。
 集団生活ではままあることだ。
「かつての問題児と今の問題児をぶつけようと?」
「そういうわけではない。忘機がこのようなことの対処はおまえが適任だと言ったのだ」
「藍湛が?」
「おまえが座学に参加していたとき、確かに陰湿な問題は起こらなかった」
 藍啓仁は魏無羨を睨んだ。
「その分おまえひとりに何人分も手を焼いたがな」
 後輩たちの面倒を見るのは元より好きで、藍啓仁からの頼まれごとを断る道理はない。
 子弟を参加させている世家から苦情が来るのではないかと思いながら、魏無羨は座学の講師となった。
  
 ほどなく、問題児は「無羨先生、無羨先生」と魏無羨のあとをついてまわるようになり、いじめられていた子のほうも藍思追が面倒を見て落ち着きを取り戻した。
 座学最終日、ふたりが並んで魏無羨に挨拶をしに来て言った。
「無羨先生は魔道祖師だったのですね!」
 なんだ、それ、と思ったが、近頃では詭道の開祖をそう呼ぶのだと藍景儀があとで教えてくれた。
「長年さんざん夷陵老祖の悪口を言ってきたから、同じ号でへつらうのはバツが悪いんじゃないか?」
 というのは、藍景儀ならではの分析だ。
 藍忘機の道侶となってかなり経ち、世の流れも大きく変わったらしい。結局魏無羨が座学の講師を務めたことにも、どこからもなにも言ってこず、翌年も授業を受け持つこととなった。

Posted by ありす南水