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家宴

 魏無羨が藍氏の家宴に参加することも何回目かとなり、育った江氏との家風の違いにも随分と慣れた。
 淡白な料理は相変わらず口に合うとは言い難いが、終わればいつも藍忘機が自ら料理して魏無羨の好きなものを作ってくれる。藍氏の長老たちから向けられる視線もだいぶ柔らくなり、以前よりはずっと寛いだ気持ちで魏無羨は藍忘機の隣に着いていた。
 あれ、と思ったのは家宴が始まりしばらく経った頃だった。
 どこからともなく酒の匂いがする。
 だが、まさかだ。雲深不知処は酒を禁じている。
 魏無羨だけを唯一の例外として静室での飲酒を許されているが、この場に供されるはずがない。
 どうした、と魏無羨を見る藍忘機に「なんでもない」と微笑んだあと、ある商人から献上されたという名水がふるまわれた。自分の前に蓋付きの茶碗が置かれたときわかったのだが、信じられない気持ちが先に立ち言うのが遅れた。
「藍湛」
 呼びかけたときには既に遅く、藍忘機は茶碗に口をつけてしまっていた。
 魏無羨は慌てて自分の茶碗を鼻先に持っていき、それが紛れもない酒であることを確認し、茶碗を置くと、前に倒れようとしていた藍忘機の両肩を支えた。
 なにか適当に言い繕って静室に戻ろうと顔を上げた魏無羨の目の前に沢蕪君がいた。
「魏嬰! 楽しんでいるかな!」
 声が、大きい。
「はい。あの、中座のお許しを得たいのですが」
「なぜだい! おや! 忘機! どうしたんだい! 眠っているのかな!」
 とても、声が大きい。
「あの、もしかして義兄上も」
 酔っ払っている?
 問うのをためらっていると、けたたましい笑い声がした。普段いかめしい顔をしている長老のひとりだった。
 続いて泣き声がした。おいおいと子どものように泣いている。
 さらには怒っている者。独り言を言っている者。裸踊りを始める者。
 実にさまざまな酔っ払いがそこかしこにいた。
「何事だ、このありさまは!」
 そこに所用で遅れていた藍啓仁が現れた。
「これはこれは叔父上! 献上された名水の正体が酒だったようです!」
 酔っていてもさすがは宗主。沢蕪君が藍啓仁に説明した。
 なにを馬鹿なことを、と言いかけた藍啓仁は、魏無羨が必死に頷くのを見て唖然とした。
「叔父上。とりあえず藍湛を静室に連れて行っていいですか」
「この状況をなんとかするのが先であろう」
「いや、でも藍湛をほうっておくわけには」
 ぱっと目を開いた藍忘機は魏無羨の手を振りほどくと背中から抱きついた。
「藍湛! おとなしくしとけって!」
「はははは! 忘機は魏嬰のことが大好きだなあ!」
「義兄上は今はそういうことを言わないで! 叔父上!」
 苦虫を噛み潰したような顔で藍啓仁は言った。
「許す。忘機を静室に置いてまいれ」
 難儀して藍忘機を静室まで運び、必死に言い聞かせ寝台に寝かしつけた魏無羨は家宴の行われている部屋に戻った。
「うわあ」
 まだ誰も酔いから覚めていない惨状を前に魏無羨は怯んだが
「なにをしている、魏無羨! 早く手伝え!」
 藍啓仁に呼ばれて覚悟を決めた。

 翌日。
 藍氏の長老たちが突然全員閉関し、多くの門弟たちは困惑した。
「家宴でなにかあったのですか?」
 代表して藍思追と藍景儀が聞きに来たが、魏無羨はひたすら笑ってごまかした。
「この度はとんだ失態をお見せした。私も閉関したいところだが」
 沢蕪君には深々と頭を下げられた。
「義兄上。頭を上げて。義兄上まで閉じこもったら叔父上と藍湛が困ります。それに義兄上の酒癖は全然悪くなかった」
 ほかと比べて。という言葉を魏無羨は飲み込んだ。
 家宴に出ていたのに気づいたら静室で朝になっていた藍忘機も困惑していた。
「なにも覚えておらぬ。私は一体」
「藍湛は今回はなんにもしてないぞ」
「今回は?」
 訝しむ藍忘機を魏無羨は気迫で押し切った。
「そこは気にすんな」
 件の「名水」を献上した商人は洒落のつもりだったらしく、藍氏が本当に禁酒を守っているとは思っていなかったらしい。藍啓仁からの猛烈な抗議を受けて、真っ青になって謝りに来た。 長老方は普段特に表に出て働いているわけではないが、それでも全員が不在となると回らないこともあり、魏無羨はあれこれ走り回った。

 藍氏が酒を禁じている理由を知った魏無羨だが、あとになって、藍啓仁の酔っ払った姿を見ることができなかったのを惜しく思う気持ちが湧いてきた。
 かつての悪戯好きの少年の血が騒ぎ、こっそり酒を飲ませてみようかと思ったものの、やはりこの世には開けてはいけない蓋があると思いやめにした。

Posted by ありす南水