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   大根

 夜狩に出ていた藍思追と藍景儀が雲深不知処に帰ってきた。
 大量の大根の入った籠を背負って。
「前に魏先輩が訪れたことのある村で、そのときご助言いただいたとおりに畑を手入れしたところ、このように立派な大根が収穫できたということで、ありがとうございますとのことでした」
 藍思追の説明に、魏無羨は頬をひきつらせながら笑った。
「農作物の相談事まで解決できるとか、なんでもできすぎじゃないか?」
 感心しているのか呆れているのかその両方なのか、静室の庭先に籠を下ろした藍景儀は魏無羨に対して唇をと尖らせた。
「収穫が悪いのは邪祟のせいじゃないかと言うから土を見たら痩せていて、肥料の作り方を教えてやっただけだ」
「いや、普通の仙師、そんな知識ないし」
 藍思追は嬉しそうに、魏無羨の傍に立つ藍忘機に籠のなかを見せた。
「含光君。立派な大根です。調理されますか?」
 魏無羨の食事は藍忘機が作る。頷いて大根を手に取ろうとした藍忘機の袖を、魏無羨は引っ張った。
 藍忘機が振り返ると魏無羨は微妙な表情を浮かべていた。
「魏嬰?」
「藍湛。俺、大根はちょっと」
 え! と、大きな声を出したのは藍思追だった。
「魏先輩! 大根がお嫌いなんですか?」
「初耳だ」
 魏無羨は慌てて首を横に振る。
「嫌いではない。ない、が」
 もう一生分食べた。
 と、消え入りそうな声で言った。

「なるほど、そんなことが」
 温寧は藍思追が持ってきてくれた大根を前にして頷いた。
「もしかして寧おじさんも大根はお好きではなかったですか?」
 心配そうな藍思追に、そんなことはない、と温寧は手を振る。
「確かに昔いっぱい食べた。ほとんど主食だった」
「私が植えられたのも大根畑でした」
 にこにこしている藍思追に、温寧も微笑む。
「魏公子は乱葬崗の不毛の土地で私たちを食べさせるために、土を改良しどの作物なら育つか研究して、私たちの誰もが不慣れだった畑仕事を一緒にして、町に売りに行って。私たちを安心させるためにいつも笑顔で」
「嫌な思い出なんでしょうか。魏先輩にとって」
 温寧は頭を横に振る。
「違うと思う。大根がもううんざり、っていうのはそのときから言っていたし」
「そうなんですか!」
「うんうん。わがまま言うなって姉上に叱られていた」
「なんとなく覚えてます。魏先輩は情姉さんによく叱られてました」
「私たちは、あの頃、家族だったんだ」
 温寧は微笑んだ。
「あ、そうだ。ほかにこれも、魏先輩が寧おじさんに持っていけって」
 藍思追は大根が入っていた籠の底から壺をひとつ取り出した。

 その夜。
「ほかに嫌いなものはないのか」
 魏無羨は静室で膝を付き合わせた藍忘機に問い詰められていた。
「だから嫌いってわけじゃないってば。土のついた山盛りの大根を見たら、あの頃のことを思い出しただけで」
「そんな辛い思いをしているとも知らず、私はおまえに大根を食べさせていたのか」
「大袈裟だって」
 魏無羨は先ほどから苦悶の表情を浮かべる藍忘機を宥めようとしているが、なにを言ってもまったく効果がない。
「本当にほかに嫌いなものはあるのか」
「な、ない。薬膳は苦手だが、おまえの作ってくれるものは全部美味いし」
 元々藍忘機の手料理は、雲深不知処の薄味の料理が物足りない魏無羨に満足してもらいたくて始めたもので、毎日作るわけではないが魏無羨の好きなものしか出てこない。
「藍湛が俺のために作ってくれるのは嬉しい」
 ようやく藍忘機が納得して、ほっとして魏無羨は酒を飲み始めた。
「美味いか」
 藍忘機に問われ、
「ああ」
 と、答える。
 今宵の酒は大根と共に村人がくれたものだ。
 果実を漬け込んで作られた素朴すぎるそれを「普段天子笑を飲んでいる魏先輩の口に合わないのでは」と藍景儀は思ったそうだが、壺の口を開けて鼻をくすぐった香りになつかしさがこみあげて、半分分けて温寧のところに行く藍思追に持たせた。
 温寧は覚えているだろうか。
 乱葬崗で六おじさんが作ってくれた酒の味を。

Posted by ありす南水