3
仙子
「仙子、お座り」
すたっ。
「仙子、お手」
ぽふっ。
「いい子だ、仙子」
「わんっ」
主人に頭を撫でられて仙子は嬉しそうに吠え、金凌はくるりと後ろを向いた。
「わかったか、魏無羨。仙子は賢い。絶対噛まない。だから」
金凌は息継ぎをしてから言った。
「前に出てこい」
「嫌だ」
即答した魏無羨は含光君の背中に隠れていた。
所用で雲深不知処に来た金凌が、麓の町に預けている仙子のところに魏無羨を来させる条件が「藍湛と一緒」であることだった。
「仙子に指一本触れるだけでいいと言っているだろう」
「だから無理だと言ってるだろ」
魏無羨は含光君の両腕を両手で掴んでいて、絶対そこを動かないという強い意志を見せている。
金凌は苛立ちを隠さず怒鳴った。
「おまえは! そんなあからなさま弱点をいつまで抱えているつもりだ! じゃあ腕を伸ばせ! 仙子のほうを近寄らせる!」
「嫌だ! 無理!」
魏無羨はとうとう含光君の背中に頭まで隠してしまい、仕方がないので金凌は含光君の顔を見たが、相変わらずこの人は表情から感情がわからない。
「含光君」
今は宗主という立場なれど向こうは仙督で、そうでなくとも金凌は口数の極端に少ない目上のこの男が苦手だったが勇気を振り絞って呼びかけた。
「あなたはどう思っているのだ。魏無羨がずっとこのまま犬から逃げ回る人生でかまわないと?」
含光君はちらと自分に隠れる魏無羨を見た。
「藍湛。俺を守ってくれるよな?」
「ん」
含光君は頷く。
「含光君がいないときはどうするんだ!」
「い、いままでどうにかなってきたんだから大丈夫!」
足元にじゃれてくる仙子を押さえながら、金凌は含光君の向こう側の魏無羨を睨んだ。
結局どうにもならなかったと、後日江澄は金凌より聞いた。
「だから私は無駄だと言った」
「でも、あいつも仙子には少しは慣れたようだったし」
金凌は諦めきれない様子だが、江澄からすればいまさらだ。
魏無羨が江家に迎えられた頃、何度か金凌がしたようなことが試みられたが、蒼白になって震える姿を見て、母がやめさせた。あの母がだ。
そのことを金凌に伝えるには、かつて魏無羨がしがみついていた相手が姉であったことを教えてやらねばならず、それは癪だ。
江澄は藍忘機がかつての姉のように魏無羨を守っていることに、やや納得の行かないところがまだある。
だから代わりにこう言った。
「気が済むまでやってやればいい。雲深不知処で緩みきっているやつにはいい刺激だ」
いつか、教えてやろうとは思う。