朋友

「むさくるしい」
 魏無羨のつぶやきを金凌は聞き留めた。
「なんだって?」
「むさくるしいんだよ。ここ。おまえはそう思わないのか?」
 金凌は実家である金鱗台の次に慣れ親しんだ蓮花塢を見渡した。
「ここはずっとこうだ」
「前は違った。こんなにむさしくるしくなかった」
 破門を解かれ、魏無羨は年に何度かは蓮花塢に里帰りする。
 藍忘機は快く、というわけではないが手土産を持たせて送り出してくれ、帰るときは江澄から手土産を持たされる。
 今回は予定を合わせて金凌も来た。
「女手がないからな。こんなものだろう」
「そう、それだ。昔は女の門弟もいたのに、今は男しか見かけないのはなぜだ」
 それは、と金凌は口ごもった。
 近頃はだいぶ丸くなったとはいえ、宗主の江澄の指導が苛烈に過ぎるからだ。男でも脱落する者が少なくないので、女は端から弟子入りしてこない。結果、残るのは宗主を敬愛する屈強な男子ばかりだ。
 はああ、と魏無羨はためいきをついた。
「嫁さんに来てもらえよ。あまりにも男臭いぞ、ここ」
「それは」
「見合い全敗の話は聞いてるが、なんでだ? いい男だろ、あいつ」
「私のせいもあるかもしれない。叔父上は私に優しくしてくれる人を条件に入れているから」
「それがそんなに難しいことか? むしろ優しい人だなってならないか?」
「叔父上は、女の人にもあの態度だから」
 声をひそめた金凌に、あー、と魏無羨は言った。
「あと、普通に理想が高い」
 あー、と魏無羨は繰り返し、ガキの頃まんまかあ、とつぶやく。
「でもあいつは案外、気の強い美人が好きなんだと思うんだけどな」
「女はおとなしいほうがいいだろ」
「そんなこと言ってるとおまえも嫁の来てがないぞ」
「えらそうに言うな。自分は男と道侶になったくせに」
「なー。運命なんてどこに落ちてるかわからないよな」
「嫌味にのろけで返すなよ」
「おまえたち」
 東屋で饅頭を食べながら話していた魏無羨と金凌の後ろから、地を這うような声がした。
「楽しそうだな」
「お、叔父上」
 金凌は椅子から腰を浮かせ、魏無羨はへらへら笑った。
「おう、江澄。嫁取りしよう。嫁取り」
 江澄は魏無羨の後頭部を叩いた。
「いてっ」
「なにが、いてっ、だ。ここに藍忘機はいないんだ。おまえがくだらんことを言えば殴る」
「宗主の嫁取りはくだらなくないだろう。藍湛に心当たりがないか聞いてみる。知ってるか。温寧は藍湛が紹介した女仙師といい感じなんだぞ」
「え、そうなのか?」
 金凌が興味を示す。
「ずっと前に頼んであったんだが藍湛がそれ覚えててさ。しっかり者で度胸があって優しくて、温寧も最初は自分はそういうのはいいって言ってたんだけど、今では会うのが楽しみみたいでさ」
 江澄は金凌が震え上がるような形相になった。
「どうでもいい」
「江澄ー。いつまでもそんなんでどうする。金凌ももう大人だ。そのうち嫁をもらうぞ。そしたらおまえはどうなる。ひとりだぞ。いいのか、それで」
 言っているあいだも魏無羨は江澄にどかどか殴られているのだが、一向気にしない。
 外叔父相手にこんな人間は見たことがないので、もうだいぶ慣れたとはいえ金凌は目が丸くなるのを抑えられなかった。
「藍二の世話になるくらいなら舌を噛む」
「じゃあ、懐桑は?」
 聶懐桑は結婚はしていないが、外で作った子どもを先日後継ぎに据えた。
「おまえは本当に死にたいんだな」
「だからそうやって恫喝するのやめろって。そんなだから嫁が来ないんだぞ」
 外叔父は江澄だけは絶対に怒らせるなと世間で言われる人だし、おそらく昔も魏無羨以外にこんなふうに怒らせながらでも言いたい放題言う人はいなかっただろう。
 金凌はぽつりと言った。
「いいなあ」
 は? と外叔父ふたりが同時に金凌を見た。
「私もふたりみたいになんでも言い合える相手がいればよかった」
 外叔父同士、顔を見合わせる。
「え、これ、そんないい関係か?」
「おまえが言うな。魏無羨」
 互いの胸を小突き合い、ふむ、と魏無羨は腕を組んだ。
「おまえ、思追や景儀と仲良いだろ」
「別にそれほどでも」
「そうなのか? じゃあ仲良くなれるよう今度から連れてきてやろう。景儀は言いたいこと言うやつだし、お望み通り喧嘩ができるぞ」
「喧嘩させてどうする」
 江澄が顔をしかめた。
「あのふたりに不満でも?」
「そうは言っていない。藍思追はいずれ宗主になるし、藍景儀も相応の立場になるだろう。仲良くしておいて損はない」
「おまえは器のちっちゃな男だな」
「はあ? もう一回言ってみろ」
「友達を損得で計るなって言ってるんだよ」
「金凌がおまえみたいな考えなしになったらどうする」
 ふたりは楽しそうに、また言い合いを始めた。

 後日、夜狩の場で金凌は藍景儀と顔を合わせた。
「友達になってほしいならそう言えばいいだろ、お嬢様」
 いきなりだ。
「それが他家の宗主に対する言葉か。藍氏はどうなっている」
「どこの家の誰だろうと友達に対しては俺はこうだ。てか、今まで俺のことなんだと思ってたんだ。ただの無礼なやつか」
 違うのか、と言い返したかったが、金凌はうっかり胸がいっぱいになってしまい言葉に詰まった。
 そうか。
 友達だったのか。

Posted by ありす南水