騒がしくも穏やかな日々

江澄

 仕事をしている藍忘機のところに沢蕪君が来た。
「急ぎならば私が代ろうか? 魏嬰のところに江宗主が来ているのだろう」
 そう言う沢蕪君に藍忘機は頭を横に振った。
「私は今日は仕事をします。そのほうが兄弟分同士話が弾むでしょうし」
 そんなことは、と言いかけた沢蕪君は、遠くから江澄の怒鳴り声が聞こえてきて苦笑した。
 藍忘機は顔をしかめる。
「なぜあの男は雲深不知処で大騒ぎするのでしょう」
「忘機」
 江澄を魏無羨の身内としてここに呼んでいるのは藍忘機だ。
「やはり行ってきては? その様子では仕事もはかどらぬだろう」
 眉間に皺を寄せ、少し考えてから藍忘機は兄に仕事を託した。

 声のするほうに行くと魏無羨は外に出ていて、藍思追や藍景儀もいた。
「助けてくれ! 藍湛!」
 江澄に怒鳴られていた魏無羨は、藍忘機の姿を認めると走ってきて背中に隠れた。
「どうした」
 額に青筋を浮かべている江澄を見ながら魏無羨に問う。
「江澄が修業はどの程度進んだと言うから見せてやろうと思ったら、ちょっと加減を間違えて」
 だんだん声が小さくなり、藍思追があとを引き取った。
「隋弁が江宗主の首元をかすめまして」
 その隋弁は鞘に納められて藍景儀が持っている。
 魏無羨は藍忘機と目を合わせると口の端をひきつらせた。
「あ、ははは」
「気をつけよ」
 ぶんぶんと頭を縦に振るのに頷くのに、江澄が激昂する。
「おいっ! そんな一言で片づけるつもりか! こっちは殺されるところだったんだぞ、そこの阿呆に!」
「そんな大げさな。ちょっと随弁がなついただけだろ」
「貴様と同じでたわけた剣だな!」
「その言い方。剣霊に対して失礼だろ」
「おまえにだけは言われたくない!」
 藍忘機は両腕を前に伸ばして頭を垂れた。
「江宗主におかれましては、我が道侶の非礼を何卒お許しいただきたい」
 江澄はこめかみをひくつかせる。
「藍湛。藍湛が謝ることじゃない。江澄だって本気で怒っているわけでは」
「本気で怒っているが」
「それは大変申し訳ない。魏無羨に変わって藍忘機がお詫び申し上げる」
「藍湛。やめろって。江澄、俺が悪かった。わざとやったわけではないが不注意だった。これからは気をつける」
「よかろう。仙督殿にいつまでも頭を下げさせていては、私も度量を疑われるというもの」
「寛大な江宗主に感謝を」
 数歩離れてこのやり取りを見ていた藍景儀は藍思追に言った。
「俺はこの頃、これもまたこの方たちなりのほのぼのした光景なんだと思えてきた。こいつもまっすぐ江宗主のところに飛んでったしな」
 こいつ、というのは両手にしっかり持っている随弁のことだ。
 藍思追は微笑みを顔に張り付けていた。
「迫力がありすぎて私たち以外誰も立ち会えないですけどね」
 宗主に随行してきた江氏の者たちは別のところにいる。
「困った方たちですよね」
「思追。おまえでもそんなことを言うんだな」
「聞かなかったことにしてください」
 とてもいい天気の平和な一日だった。

Posted by ありす南水