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自分は平和な時代に生きていたのだと、藍景儀は思い知っていた。
雲深不知処が焼かれたことも、温氏が滅ぼされたことも、そのあと夷陵老祖がどうなったかも知識としてはあった。だがそれがこれほど苛烈なものだとは思っていなかった。
金鱗台に謝罪に訪れた温情とその一族は、とても害ある人たちには見えなかった。温寧が金凌の父親を殺すところをこの目で見たが、それは操られていたからで、彼は本来優しい人だ。
だが年老いた仙師や女は次々と吊るされ、温情は灰となった。
皆、魏無羨を殺せと叫んでいる。
藍景儀は自分を言いたいことを言う性質だと思っていたが、ここではなにも言えない。それほど人々の感情の渦が激しかった。
流されるように決起大会に参加して、これがいわゆる「血の不夜天」だと気づいた。
講談師はなんと話したか。
夷陵老祖は不夜天で多くの仙師を殺め、ついには追い詰められ命を落とす。
魏先輩! 魏先輩にここに来ないように伝えたい!
その方法を必死に考えているうちに、高い屋根の上に人影が現れた。
「夷陵老祖!」「魏無羨だ!」
大勢の憎悪を浴びる魏無羨は、だがひとりではなかった。
「含光君!」
それは藍景儀のよく知るふたりの姿で、藍忘機と魏無羨は並び立っていた。
「含光君がなぜあそこに?」
「まさか夷陵老祖に味方するのか?」
人をかき分け魏無羨の近くに行こうとした藍景儀の手を、柔らかいなにかが包んだ。
驚いて見ると、粗末な服を着た子どもが藍景儀の右手を両手で握っている。
「だめですよ、景儀。冷静さを失っては」
舌っ足らずな喋り方と大人のような口調が合わない。
だが面影に覚えがあった。
かつて藍景儀はこの子と同じ学び舎で机を並べた。
「思追なのか?」
子どもはにっこり笑った。
「さすが、景儀。現状判断が的確です」
「え? ほんとに思追?」
「はい。助けに来ました」
藍景儀は目を見開いた。
「ここはどこなんだ! 本当に過去なのか?」
「そうだとも言えますし、違うとも言えます。本当のあなたは今意識を失っているんです。長くいると出られなくなります。以前魏先輩が眠り続けたことを覚えていますか? あのときに近いそうです」
藍思追は藍景儀の手を引っ張る。
「行きますよ」
「待ってくれ。魏先輩を」
「大丈夫です。魏先輩もこちら側に来られています。詳しいことは帰ってから。あなたがここから出なければ、魏先輩は動けません」
子どもの足とは思えない速さで藍思追は人の流れに逆らって進む。
喧騒はどんどん遠くなり、周りの景色が薄れていく。
「さあ、景儀。帰りましょう」
藍思追が言うのと同時に周りが真っ白になった。
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