雲深不知処を江澄と金凌が訪れた。
 藍景儀が目覚めない件で魏無羨が江澄に助力を求め、それを知った金凌がついてきた。
 出迎えたのは藍忘機だ。
「魏嬰は瞑想中だ」
「呼んでおいて待たせるとは、あいつもずいぶんとえらくなったものだ」
 ふたりがいつものように睨み合っていると、藍思追が魏無羨をつれてきた。
「金凌。おまえも来たのか」
「なんだよ。悪いか」
「いや、そういうわけじゃないが」
「金凌は景儀を心配して来てくれたんですよね」
 藍思追が穏やかにとりなし、魏無羨は藍忘機と意味ありげに目を合わせた。
「おまえのところの門弟のことなど私の知ったことではないが、金凌の友であるならほうってもおけん」
 この場にいる全員、江澄の物言いには慣れている。
「来てくれてありがとう、江澄。俺と藍湛はこのあと景儀の霊識がいる世界に入るんだが、できればおまえにも同行してもらいたい」
「霊識がいる世界?」
 魏無羨は頷いた。
 かつて夢に囚われていたとき魏無羨を救うために藍忘機が使った香炉がある。それと共情を組み合わせて藍景儀の霊識がいる世界に行く。
「待て。そこはどこだ。夢とは違うのか」
「違う。俺は何度か入って外から眺めたんだが、景儀がいるのは過去の世界、と呼ぶのが一番近いところだ」
「ふざけるな。そんな話は聞いたことがない」
「だが、本当のことだ」
 藍忘機が口を挟んだ。
「私も魏嬰と共に見た。夢と言うには再現が正確すぎる」
 魏無羨が説明する。
「確かにそんな力を持った邪祟はいない。だが景儀には以前にも似たようなことがあったという。今回は呪いが重なって、おそらく偶然、過去の出来事を忠実に再現した世界が出来上がったんだろう」
「過去の出来事とはなんだ。おまえたちはなにを見た」 
 江澄の問いに、魏無羨は頭をかいた。
「やはり与太話か」
「そんなわけないだろ。暇人か、俺は」
 魏無羨は大きく息を吐いた。
「藍景儀が迷い込んでいる世界では、世の人が言うところの血の不夜天がもうすぐ起きる」
 江澄は目を見開いた。
「最後に俺と藍湛があいつの夢に入ったとき、景儀は窮奇道にいた」
 金凌が息を飲む。
「共情だけではなにもできない。景儀に声を届けることも無理だった。だがなかに入りさえすれば、どうにかできる。だから香炉を使い、あちらの自分に意識を同調させる。向こうは影のようなもので、こちらが優位だ。だから江澄。おまえに一緒に来てほしいんだ」
「なんのために」
「あー、それはだな」
 魏無羨は再び歯切れが悪くなったが、仕方ないと頭を振った。
「江澄。おまえには一緒に来て、師姉を安全なところに連れて行ってほしい。もし過去にあった通り師姉があそこで」
 魏無羨は一旦言葉を切った。
「あそこで死ぬようなことがあれば、俺は冷静にことを進められない」
 江澄はぐっとこぶしを握りしめた。
「私も行く!」
 金凌が叫んだ。
「私も行く。母上をお助けする」
 魏無羨は顔をしかめた。
「言っただろ。現実ではないんだ」
「それでも、そこに母上がいるからおまえは叔父上に頼むのだろう。ならば、私も行く」
 なんとも言えない沈黙が続き、それを破ったのは魏無羨だった。
「なんでこいつを連れて来たんだ、江澄」
「ならばひとりで来いと言ってよこせ」
 そう返した江澄もしくじったと表情が言っていた。
「でも、魏先輩。金凌が行けば、赤子と同調してしまうのでは?」
 藍思追が気づいたが
「なんとかしろ」
 金凌は魏無羨に向かって言い放った。
「奇才なんだろ」
 日頃の軽口を拾われ、魏無羨は言葉に詰まる。
「できない、こともない。景儀もあの世界の藍景儀がいるはずだが、こちらの姿で向こうにいるのだからな」
「危険はないのか」
「叔父上は黙っていて」
「なっ……!」
 生意気な口をひねってやろうとした江澄は、金凌の真剣な顔を見て諦めた。
 金凌の気持ちは当然で、誰であっても止めることはできない。
 藍忘機が前に進み出た。
「私がこちら側に残ろう」
「藍湛」
「代わりに藍思追」
「はい」
 藍思追は礼を取った。
「私が行って、景儀をこちら側に導きます」
 藍忘機は頷く。
「こちらの姿で向こうに行くには、なかから魏嬰に呼んでもらう必要がある。ふたりは負担が大きすぎるのでおまえはあちらに意識を同調となる。子どもの姿で役目を果たせるか」
「はい。ですが、私はあのとき不夜天にはおりませんでした」
 魏無羨は江澄のほうを向いた。 
「江澄。おまえにしてもらうことがひとつ増えた。藍湛が乱葬崗で阿苑を見つける前に、おまえが阿苑を保護するんだ」
「あのとき阿苑は高熱を出していた」
「そうだったな。じゃあ、温情たちが乱葬崗を去ったあとすぐに保護だ。俺は寝ているからほうっておけ。予測がつかないことが起きると、そのあとの段取りが狂う」
 このとき初めて江澄は、藍思追が乱葬崗にいた子どもだということを知った。
「おまえは温情の一族だったのか。そういえば、子どもがいた」
「私は江宗主とお会いしたことが?」
「阿苑は覚えてないだろうが、江澄は一度だけあそこに来たんだ」
 そうでしたか、と藍思追はおっとりと微笑んだ。

 
 

 結界の張られた部屋の真ん中に藍景儀は寝かされ、さらに念入りに藍忘機が室内を清めた。
「魏嬰」
「んー?」
 藍忘機の呼びかけに、魏無羨はことさら気の抜けた返事をした。
「向こうでは、あちらの私に協力させよ」
 魏無羨は目をぱちくりさせた。
「おいおい。おまえのいる世界は本物ではないから、今からおまえごと消すのに協力しろって、あちらのおまえに俺がそう言えと?」
「そうだ」
「ついに気がふれたと思われるだろ」
「言葉を尽くせ。ならば、必ずおまえに手を貸す」
 藍忘機は魏無羨の瞳を見つめた。
「私を信じよ」
「信じてるよ」
「昔の私もだ」
 魏無羨は眉根を寄せた。
「俺はできればおまえにもあそこから立ち去ってほしかったんだが。わかった。どのみち去ってはくれないだろうから、だったら協力してもらう」
次へ
CQL一覧へ戻る

Posted by ありす南水