藍思追が自分のことを「思追」と呼ぶところを初めて見たとき、魏無羨は驚いた。
 同じ年頃の少年たちと比べて落ち着いていた能力も高いしっかり者が、ずいぶんと甘えた物言いだと思ったのだ。しかもそれが藍忘機との会話の途中で、藍忘機が注意しないのも意外だった。
 ふたりには魏無羨の知らない父兄と子としての年月がある。
「礼儀作法に厳しい含光君も自分の育てた子には甘くなるんだな」
 あるとき酒を飲みながら笑うと、琴の手入れをしながら藍忘機は言った。
「思追のあれは、おまえに甘えているのだ」
「え?」
「もっと幼い頃にもあのように自分のことを言ったことはなかった。だからあれはおまえに向けて言っているのだ」
 そう言われてみれば、魏無羨が藍忘機と並んでいるときに限り、藍思追は「思追は」と言うのだった。
 なるほど。
「それなら俺だけにじゃなくて、俺と藍湛に甘えてるんだな。俺ひとりのときにも言わないしさ」
 魏無羨は突然声に出して笑った。
「魏嬰?」
「思追といえば、温寧には生意気な態度を取るんだそうだ。温寧が嬉しそうにそう言っていた」
「嬉しそうにか」
「そう。あいつは優しいやつだからな」
 酒壺から一口酒を飲む。
「温寧にとっても思追にとっても、血のつながりがある者がいることは心強いだろう」
 藍忘機は琴から手を離した。
「魏嬰」
「ん?」
「おまえには、私がいる」
 魏無羨は酒を持ったまま藍忘機のほうへいざり寄って肩をぶつけ、そのままもたれた。
「俺は時々想像するんだ。おまえと思追がどんなふうに過ごしてきたのかって」
「普通だ」
「藍湛の子育ての普通がどんなだか興味がある」
 けらけらと笑い、それから口調が変わる。
「みんながあの子を連れて行くはずがないのに、あのときの俺はそんなことにも気づかないくらい混乱していた。藍湛があの子を見つけてくれて、本当によかった」
 みんな、という言い方のなかに、親愛が滲み出ていた。
 城門に吊るされていた温情の一族の者たちを藍忘機は見た。藍忘機の前にそこを通った魏無羨も当然見ただろう。
「みんなは俺が阿苑を連れて、どこかに逃げ延びてくれたらと思っていたんだろうな。実際そうできたかはわからないが、そうしていたら少なくとも師姉は死な」
「魏嬰」
 藍忘機は魏無羨の腰に手を回して抱きしめた。
「十六年。いくたび問霊してもおまえは一度も答えなかった。だが思追の存在が、私にまたおまえに会えると思わせてくれた」
 藍忘機の腕のなかで、魏無羨は大きく息を吐いた。
「死んでいたあいだのことで、藍湛に恨み言を言われたのは初めてだな」
「恨み言ではない」
 存外真剣に否定してきたので、魏無羨は笑った。

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Posted by ありす南水