琴と笛の音色に藍思追は足を止めた。
 含光君と魏無羨の合奏はいつも雲深不知処の奥深くでされているが、風向きによっては辺りに響き渡る。
「おじさん。この曲をご存知ですか」
 うん、と温寧は頷いた。
 仙督の依頼を受けて遠方に調査に行っていた温寧は、尾根沿いに雲深不知処に入り、合図に気づいた藍思追と落ち合ったところだった。
「誰も曲の名前を教えてもらえないのです」
「私も曲名は知らない。でも昔、魏公子が吹いているのを聴いたことがある」
 どこで、と問わなくとも藍思追にはわかった。
 乱葬崗には娯楽がなく、魏無羨が気まぐれに吹く陳情の音色はみなの心を癒した。
「なんとなく覚えています。羨哥哥を囲んで、みんな自分の好きな曲を吹いてもらおうとしていましたよね」
「そう。でもこの曲は違う。決まって魏公子がひとりきりのときに吹いていて、そういうときには誰も近くに行ってはいけないと姉上が」
「温情姉さんが?」
 温寧はまた頷いた。
「魏公子は誰かを思って吹いているから、邪魔をしてはいけないと」
 柔らかな琴と笛の音色を聴きながら、藍思追は思い出した。
 羨哥哥が笛を吹いていると気づき走り出そうとしたとき、おばあさんに引き留められたことを。
「静かにしておいでね、阿苑」
 藍思追は、はっとして温寧に言った。
「おじさん! 魏先輩は莫家でおそらく生き返ってすぐの夜、この曲を草笛で吹いていました!」
 自分の気づきに目を輝かせた藍思追の無邪気さに、温寧は微笑んだ。
 温寧はあの頃、魏公子が蓮花塢の人々を思ってこの曲を吹いているのだと思っていたが、姉は知っていたのだろう。
 金丹を失い仙門百家を敵に回し、元いた輝かしい道を外れた魏無羨だったが、今こうしてあるべき人の隣で笛を吹いている。
 魏公子と添うてくれればいいと思っていた一族の者たちに
「そんなことは絶対彼に言ってはだめよ」
 そう言う姉の声を思い出した。
 姉は魏公子のことをどう思っていたのだろう。
 もはや問うことはできない。

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Posted by ありす南水