翔くんを泣かせる
天花寺が仕事を終えて寮に帰ってくると、食堂に明かりがついていた。
覗くとteam鳳のメンバーが集まっていたが、どうも様子がおかしい。
「仕方がないよ。もう決まったことなんだろ」
星谷の声にいつもの明るさがない。
「うん、でも」
前に座る那雪が口ごもる。
「さみしくなるけど」
那雪が頭を振った。
「あと一年で卒業なのに、転校なんて」
天花寺はカバンを床に落とした。
転校? 那雪が?
「あ、天花寺、おかえりー」
星谷が表情を変えて元気よく天花寺に声をかけた。
「おい、今の話」
窓際に立っていた空閑が近づいてきて、天花寺の肩をぽんと叩いた。
「おまえも大変だな、天花寺」
「へ?」
星谷があたふたして空閑に手を伸ばすが空閑は無視して言った。
「那雪が転校しちまうって」
「空閑っ!」
叫んだのは月皇だ。
「天花寺にはまだっ!」
話してないんだ……、とうなだれる。
空閑が肩を壁に打ちつけた。
「悪い……! 俺、てっきり…!」
こんな動揺した空閑を見るのは初めてだ。
那雪が静かに立ち上がった。
「いいんだ、空閑くん、月皇くん。ちゃんと話すよ。天花寺くん。僕、親の仕事の都合でハリウッドに引っ越すんだ」
「なっ!」
「だからもう、天花寺くんのチームメイトじゃいられない」
あまりのことに天花寺は言葉を失った。
星谷もうつむいている。
「あ、あと一年じゃねえか。なんとかならないのか」
「天花寺くん、今までありがとう」
那雪の瞳が涙で潤み、精一杯の笑顔を見せた。
「うちに来い!」
気づくと天花寺は叫んでいた。
「俺様の家は広いからおまえひとりくらい面倒みてやる。高校卒業までうちに住め。そうだ、そうしろ、それで問題ない! あーはっはっはっ!」
「て、天花寺、消灯時間過ぎてるからもうちょっと声ちっさく」
星谷が口の前に人差し指を立てるが、天花寺は止まらない。
「そうと決まれば早い方がいい。那雪、親に電話しろ。俺も電話する」
上着のポケットから携帯端末を取り出そうとする。
「待て、天花寺」
「なんだあ? 月皇。おまえは那雪が転校しちまっていいのか」
「そんなことは言っていない」
「あと一年の高校生活を那雪抜きで過ごしていいってのか!」
「よくはない。だが落ち着け」
「やっぱりおまえは薄情な奴だな!」
今にも月皇に掴みかかりそうな天花寺の前に星谷が割り込んだ。
「天花寺、あのね。これ、お芝居なんだよ」
「芝居だろうがなんだろうがっ! って、は?」
空閑が机の上に置いてあった、右上をひとつホッチキス止めしたコピー用紙を持ち上げた。
「申渡作 友情を確かめたいときに友はなし」
「はああ?」
月皇が捕捉する。
「このあいだteam漣とteam楪が合同でパフォーマンスをしただろう。俺たちとteam柊で照明と音響をやった。あれのきっかけになった、北原廉を泣かせよう企画に使った脚本が手に入ったのでみんなで演じていた。そこにおまえが登場したので、俺は北原役をおまえに譲った」
「北原を泣かせるのには失敗したが、翔くんを泣かせるのには成功したな」
「泣いてねえっ!」
「もう、みんなそのまま芝居続けるからオレ、びっくりしちゃったよー」
星谷が手をごめんの形にして笑う。
「少し考えたらわかるだろう。空閑の演技もだいぶクサかったし」
月皇の言葉に、え、と空閑。
「ハリウッドに引っ越しっていうのは中小路のアドリブなんだって。面白いからって申渡が台本に追加で書き込んだって」
「そ、それはだな! 那雪がいなくなるっつーのに動揺して」
それまで黙っていた那雪がふふっと笑った。
「ありがとう。天花寺くん。僕、嬉しかったよ」
那雪は小首を傾げた。
「あと一年、よろしくね。天花寺くん」
「オレもオレも。よろしく、天花寺! ね、月皇も、空閑も」
「ああ、よろしく」
「だな」
チームメイトに囲まれて、天花寺の怒りはうやむやになった。
「お、おお。よろしくな」