綾凪学園殺人事件 Part2

「んーじゃ、本日のお題を発表ー」
 そう言って南條が掲げたA4のコピー用紙にはこう書かれていた。
「綾薙学園殺人事件Part2」
 三年MS組、南條、申渡を除く二十三名は全員同じ表情をした。
 すなわち、ぱちくり。
「パートワンはみんな知ってのとおりteam鳳最初の稽古で行われたインプロ。そんで今日、謝恩会の会場で俺たちMS組最後のパフォーマンスとして披露するのがパートツー」
 卒業式後の謝恩会会場となったホテルの宴会場控え室。インプロをすることだけはみんなで決めて、詳細は実行委員の南條と申渡に任されていた。
 申渡が引き継いで説明する。
「お話は星谷くんが鳳先輩を殺してしまったところから始まります」
「えっ!」
 素っ頓狂な声を出す星谷に、はい、これ凶器のナイフ、と南條が小道具を渡した。
「決まっている台詞はひとつだけ。どうしよう、鳳先輩を殺してしまった。です」
「有罪」
 珍しく北原の判決を多くが支持した。
「事件の動機とかそういうのを追求すると長くなるので触れないでねー」
 と、南條。
「あとは各自自分役として自由にお話を紡いでください。ただし総勢二十五名ですのでそれなりに機転をきかせなければ、存在感は示せないでしょう」
 ざわつく一同に対して申渡が軽く片手を挙げた。
「それではここでスペシャルゲストを紹介します」
 ドアがバタンと開いた。
「ハイ、ボーイズ! 卒業おめでとう!」
「鳳先輩!!!」
 南條と申渡以外全員が叫んだ。
「なんであんたがここに!」
 先輩をあんた呼ばわりするのは天花寺しかいない。
「お呼ばれされたから来ちゃったよ」
 ウインクする鳳に「来ちゃったじゃねえだろ」と空閑がつぶやいた。
「でも今の話だと、鳳先輩は開幕既に星谷くんは殺されているんでしょ。最初から死んでいる役なら、人形を置いておけばいいんじゃないの?」
 もっともな卯川に南條は人の悪い笑みを向けた。
「ちなみに俺的にはそこはリアリティを追求したいんだよねえ」
「星谷くん、大丈夫?」
 那雪は小道具のナイフを持ったままの星谷を気遣う。
「鳳先輩を、オレが殺す……」
「しっかり、星谷くん! それはお芝居だよ!」
「星谷が犯人なのは確定なのか」
「こういうのは意外性が良いと私と南條くんで決めました」
「それなら俺はちょっと星谷に殺されてみたかったな」
 申渡が答える。
「辰己はそう言うと思いましたが、せっかくの全員でのステージなのでここは物語を展開する側にまわってもらいます」
 うふふ、と辰己と申渡が笑い合う横で、うつむいていた星谷が顔を上げて叫んだ。
「面白そうっ!」
 頬が紅潮している。
 そう来たか、と一同は思った。
「オレ、最初の稽古のときなんにも知らなくて、インプロも空閑に助けてもらって夢中で乗り切ったんだ。綾薙の生徒でいるうちにもう一度綾薙学園殺人事件に挑戦できるなんて嬉しい!」
 まあ犯人役の星谷がいいのなら、とみんなとりあえず納得した。
「あ、あとひとつだけー」
 南條が最後に言うのは大事なことだ。
「これ、シリアスな舞台だから。観客から笑いが起きたら失敗ね」
 
 舞台はソファに倒れる鳳樹とナイフを持って震える星谷悠太で始まった。
「どうしよう。鳳先輩を殺してしまった……」
 仰向けに倒れる鳳はぴくりとも動かない。
 そこにteam鳳登場。
「ほ、星谷くんっ!?」
「おまえっ、なにやってんだっ」
 那雪と天花寺が星谷に駆け寄り、那雪は星谷の背に手をやり、天花寺はナイフを取り上げる。
 月皇と空閑が鳳を確認した。
「し、死んでる……!」
 一歩間違えると笑いが起こる状況を、張り詰めた演技が観客にも緊張感を与えxる。
 ほかのチームのメンバーも現れ、状況に驚きつつも星谷を救おうと試行錯誤し、事件の隠蔽を提案する者、自首を勧める者、それぞれの友情が展開される。
「みんな、ありがとう。でもオレ、罪は償うよ……」
「星谷!」
 叫ぶ者が多いなか、辰己がぽつりとつぶやいた。
「鳳先輩、本当に死んでいるのかな?」
 そ、そこに戻るのか? と出演者が動揺する前に戌峰が「あ!」と声を上げた。
「僕、聞いたことがある! 鳳先輩はいつ刺されてもいいようにおなかに新聞紙を巻いているって」
 観客がその設定の無理矢理さに気づく前に、虎石が鳳に駆け寄り、観客から見えないようごそごそと動き、さっと雑誌を取り出した。
「あった! あったぞ! ナイフは鳳先輩を傷つけてない!」
 これまでの流れと違いすぎるので、すかさず蜂矢が修正を入れる。
「でも、月皇くんが脈を確認したんですよね?」
「ショックで呼吸が止まってるのかもしれないね」
 たとえ無茶苦茶でも、南條の声と態度には説得力がある。
 そこに再び辰己が発言。
「キスしてみたらどうかな?」
 は? という一同。
「ほら、白雪姫は王子様のキスで息を吹き返すだろう?」
 最早この劇、勢いだけが命綱だった。
 失速すれば笑いが起こる。
 展開のトンチキさをごまかすには畳み掛けて観客に考えさせないほかない。
 そこから星谷にキスさせたい派と、別の手段を探そう派に分かれて議論となる。星谷はキスに消極的だ。
「やる……、僕が。悠太の代わりに……!」
「揚羽。気持ちはわかるですが、それ、たぶん意味ないやつです」
 揚羽と蜂矢のやりとり。
 もう限界だ。客はもう気づき始めている。
 この舞台は、コメディではないかと。
 星谷は前に出た。
「オレ、歌うよ……! 鳳先輩の魂に届くように! 心を込めて!」
 星谷は歌い出した。仲間たちも次々と声を合わせ、全員が声を揃えたところでついに鳳の歌声が重なった。
 胸を打たれた観客から熱い拍手が贈られ「綾薙学園殺人事件Part2」は幕を閉じた。

 控室に戻って一同は床に座り込んだ。
「チョー焦ったー!」
「たつみーん!」
「予定調和の舞台なんかクソクラエだよ」
「にこやかに言うんじゃねえ。有罪」
 そしてみんな笑い出す。
「楽しかったね!」
「楽しかったな!」
「俺たちらしい高校生活の締めだった」

「鳳先輩。お疲れ様でした」
 卒業生たちを邪魔しないよう少し離れていた鳳に南條が近づいた。
「ああ、南條もお疲れ様」
「いえいえ、俺的にもすごく楽しかったです。焦ってる鳳先輩なんてそうそうお目にかかれるものじゃないですから」
 鳳は笑った。
「辰己のあれ、おまえの仕込み?」
「まっさかー。この面子だし、誰かなにかやってくれると思ってただけです」
 南條も笑った。

星谷悠太

Posted by ありす南水