スキャンダル
他人の住まいを訪れるには非常識と言われる時間に鳳のマンションにやって来た星谷は、コンビニの袋から明日の朝食用の牛乳を冷蔵庫に入れる手を止めた。
「そういえば前来たときにも、マンションの植え込みに男の人がいたんですけど。なんの仕事かわかんないですけど、夜遅くまで大変ですよね」
鳳は妙な顔をしてキッチンのドアの前で立ち止まった。
「それ、写真週刊誌の記者」
「え?」
「植え込みにいるの、俺を張ってる週刊誌の記者」
星谷はごとりと牛乳パックを床に落とした。
「オレ、お疲れ様ですって言っちゃいました……」
呆気にとられたあと、鳳は爆笑した。
「だいぶ前から俺に存在気づかれてるし、おまえにも見つかってるし、お疲れ様はお疲れ様なんだけど、言っちゃったんだ、それ」
「すみませんーっ!」
「いいんじゃない?」
鳳は目の縁の涙を指で拭う。
「そうだ。なにか差し入れしてあげる?」
「いや、それはちょっと。って、今度は先輩が狙われてるんですか?」
少し前に月皇遥斗の女性関係が週刊誌に載って世間を騒がせた。
遥斗は「まいったなあ」といつもの感じで笑っていたが、マスコミに追い回されて大変そうだった。
「そろそろ諦めると思うけどね。ここに来るの、おまえだけだし」
星谷は肩を落とす。
「それはオレとでは記事にならないってことですよね」
「どういう関係なのか判定が難しいんじゃない? おまえ、あっちこっちで俺のこと好きだって言いまくってるからさ」
あー、と星谷は頷いた。
高視聴率で三期の撮影間近なテレビドラマのせいもあり、鳳が星谷の憧れの高校生であり尊敬する先輩であることはやたらと世間に知れ渡っている。
「なに、おまえ、写真撮られたいの?」
「そういうわけじゃないんですけど」
「今おまえをスキャンダルデビューさせちゃったら、俺、柊に殺されるよ。テレビドラマのイメージに傷がつく」
「だからそういうんじゃないんですって。先輩のこと知らない人が先輩のこと適当に書くのが嫌なだけです」
鳳はばつが悪そうにした。
大学在学中にデビューした鳳はわりとすぐに人気が出て、わりとすぐ週刊誌にスキャンダル記事が載った。
「なんかごめんね。俺が誤解されやすい性格で」
「先輩、人を煙に巻くから」
「おまえはこの頃しっかりしてきたよね」
口元を隠してうつむく鳳に、そういうところですよ、と星谷は言う。
でも、まあ、と星谷は鳳に近づいた。
「舞台を降りた鳳樹さんがどういう人かなんて、おまえが知っていたらそれでいいことだろって、天花寺が言ってたし」
星谷と目が合って、鳳は目元を赤らめた。
「なんなの、おまえ。年々カッコよくなってない?」
そうですか? と星谷はにっこり笑った。