わくわくさせてよ

 緊急事態宣言が解除されてすぐ、星谷は公園で鳳と会った。
 星谷が「たまに外で歌いたくなるときに行く、普段からほとんど人のいない公園」だ。
「いいねえ。近所にこんなところがあったんだ」
「自粛期間中はここに来るまでに人とすれ違うから、来られなかったんですけど」
 星谷と鳳は比較的近所に住んでいる。
「やーっと先輩に直接会えた!」
 星谷は両腕を広げて喜びを表現した。
「会えたねえ」
「先輩。自粛期間中、なにしてました?」
「仕事全部キャンセルになったし、暇だからいつか書こうと思ってた戯曲を書いてた」
「見たいです!」
「完成したらね」
「出たいです!」
「依頼を受けて書いたわけじゃないから、上演の予定はないよ」
「売り込みに行きましょう!」
 鳳は笑った。
「ところで、話ってなに?」
 呼び出したのは星谷だ。
「あ、はい。あそこに座って話しましょう」
 星谷が示したベンチに並んで腰掛けた。
「先輩。また別れたって聞きましたけど、本当ですか?」
 鳳は眉を少しだけ動かした。
「ほんとだけど。またってなに」
「また、だから、また、です」
「おまえは芸能リポーターなの。それとも柊?」
 星谷は、鳳が柊に生活態度について説教されているらしいことを察した。
「おつきあい開始から破局までが、だんだん短くなってません?」
「星谷だって似たようなものでしょ」
 鳳の言うように、星谷は鳳と似たり寄ったりで交際が長続きしない。
「オレは最近悟ったんです」
「なにに」
「オレは、結婚とかそれに似た関係に向いてないんです」
「それ、胸張って言うこと?」
 鳳は笑うが、というわけで、と星谷は続けた。
「先輩。結婚とかに向いてない同士、オレと一緒に住みませんか?」
 鳳はまばたきを忘れた。
「ちょうどいい感じの家が売りに出ていて」
「え、いや、待って。なんの話?」
 物件の説明をしようとする星谷を、鳳は制止した。
「先輩、オレと一緒に住むの嫌ですか?」
「そんなこと考えたこともない」
「じゃあ、今考えてください。オレは結構前から考えていて、もっと年を取ってから言おうかなと思ってたんですけど、今回こんなことが起こって明日のことはわからない、よくない意味でも、って気づいたんで、会えたら言おうと決めてたんです」
 星谷がはっきりと、よく聞くと理屈の通っていないことを言うときには誰も逆らえない。ということを鳳は知っていた。
「一緒に暮らしてどうするの」
「別にどうも。生活するだけです。おじいちゃんになってから一緒に暮らすのなら、今から暮らすのも一緒ですよ。むしろ楽しい時間が長くていいです」
「おじいちゃんになってから一緒に暮らすのは確定なの?」
「同じ老人ホームに入ります? それでもオレはいいですけど」
 ストップ、という意味で鳳は右手を上げた。
「だいぶ無茶苦茶だけど、おまえが思いつきを口にしているんじゃないのはわかった」
「わかってもらえました?」
「うん。でも、おまえ、今はフリーなのかもしれないけど、この先誰かとつきあいたくなったらどうするのさ」
「つきあいますよ? 先輩もそういう相手ができたらつきあえばいいと思いますし、万が一その人と暮らしたくなったら、出て行ったらいいと思います」
「おまえが誰かと暮らしたくなっても、出ていくの」
「オレは、ないです」
 星谷は鳳の目を見て言い切った。
「言ったでしょ。オレは家庭とか向いてない。みんなオレのこと優しいって誤解するみたいだけど、オレはわくわくするものにしか興味がないんです」
 言ってもいいですか? と星谷の問いかけに、鳳はためらいつつ頷いた。
「先輩もそうでしょ?」
 裏切ったわけでもないのに不実を責められることの多い鳳は、ぐうの音も出なかった。
「あ、生活するだけって言いましたけど、できたら歌とか芝居をやりたい人が集まる場所にしたいんです。スタジオ兼住居、みたいな」
「劇団でも作るの?」
「それもいいですね。ほら、わくわくしてきません?」
 星谷は目を輝かせる。
「おまえ、俺の誘い方、心得てるよね」
 こみ上げてくる衝動にむずむずしながら、鳳は辛うじて余裕を保つ。
「えへん。伊達に何年も後輩やってませんよ」
 なにそれ、と鳳は笑った。
 確かに、星谷といるとわくわくが尽きない。

星鳳

Posted by ありす南水