(9)
ガエリオを妹が訪ねてきたとき、ボードウィン家にはジュリエッタも来ていた。
案内なしで居間まで来ると、アルミリアはふたりの顔を順に見てからつまらなさそうに言った。
「お邪魔だったかしら」
「いえ、全然」
ソファから立ち上がり、答えたのはジュリエッタだ。
「先日の報告に来ただけです。ちょうどよかった。あなたの話をしていたところです」
アルミリアは背が伸び、ジュリエッタと並んでももう立派な大人だった。
「おまえ、その服」
白いワンピースを着たアルミリアは車椅子に座るガエリオの前で、レースの施された裾を持ち上げポーズをつけた。
黒衣のアルミリアと呼ばれているとジュリエッタから教えられたのは、先だって彼女が家を出て以来初めて戻ってきたあとだった。
「喪が明けられたのですか」
ジュリエッタがためらいもなく訊き、アルミリアは微笑みを作った。
「あなたと兄はよく似ていますね」
「そうですか?」
「そうか?」
アルミリアは一度目を閉じ、それから開けた。
「私も先日お兄様をお訪ねしたあとのことを伝えにきたのですが、必要なかったでしょうか」
ガエリオは慌てて言った。
「そんなことはない。おまえの口から聞きたい」
「そうですか。では」
アルミリアは一息に告げた。
「バエルに搭載されていた疑似阿頼耶識は廃棄しました」
はずした、というのは今まさにジュリエッタから聞いていたことだが、渡されたアルミリアが廃棄という道を選ぶとは思っていなかった。
システムに組み込まれていなければ無用の長物とはいえ、あれは。
あれは、マクギリスだ。
阿頼耶識TYPE-M。
前回突然訪ねてきた妹は、どこから手に入れたのかアリアンロッド艦隊がバエルを取り戻したあとの、格納時整備データをガエリオに見せてこう聞いた。
「疑似阿頼耶識とつながっているとき、お兄様はアイン・ダルトン三尉とお話できましたか?」
世間と関わりを断って暮らしているガエリオは、アルミリアが革命軍の残党に影響力を持つ存在になっていることも、バエルがアグニカ・カイエルのみならず、マクギリス・ファリドの魂も有した機体と噂されるようになっていることなども知らなかった。
さらに言えば、TYPE-Mのことも知らない。マクギリスの遺体がどうなったのか、ガエリオの関知するところではなかった。思い当たることがあるとすれば、当時の整備主任だ。疑似阿頼耶識の開発者でもあり、研究を進めたがっていた。
アルミリアはガエリオを介しジュリエッタと連絡を取り、さらにそこからラスタル・エリオンと渡りをつけ、バエルの秘密裏の開示に応じさせた。
疑似阿頼耶識を引き渡すなら、バエルを別の場所に移すことに同意し、バエル奪還を叫ぶ過激派の行動も慎ませる。それがアルミリアの出した条件だった。
ガエリオは妹にあれはシステムであり、人ではないと言った。だから会話はできないと。だが彼はいつも語りかけていた。
「それでは私はこれで」
「待て」
踵を返したアルミリアにガエリオは車椅子から手を伸ばし、バランスを崩しかけたのをジュリエッタに支えられた。
「そうだわ」
アルミリアは足を止めて振り返った。
「お兄様。私のことでなにか、マッキーと約束をなさった?」
「約束?」
「私を幸せにするとか、そういうようなこと」
アルミリアの幸せを保証する。アルミリアのことも幸せにすると。
そうだ。マクギリスは確かにそう言った。
兄の様子にアルミリアは肩を動かし、首をすくめた。
「やっぱり」
「なぜおまえがそのことを知っている」
「お兄様には教えません」
妹は笑った。
「でもマッキーは約束を守りますとだけ。だからどうぞ、お兄様もお幸せに」
再び背を向け、アルミリアは出て行った。
「大丈夫ですか?」
ジュリエッタはガエリオの膝の上から落ちたブランケットを拾った。
「なにがだ」
ブランケットがガエリオの膝の上に戻される。
「いえ、別に」