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欧州某所。下町のバー。
何度か仕事で組んだことのある他組織の人間と飲んだ。
「ところで、ヒノミヤ。おまえ、あの兵部少佐と暮らしてるんだって?」
「え、いや、なんすか、それ」
兵部は死んだほうに大きく傾いた生死不明として世間では扱われているが、単に引退しただけと知る人は知る。とはいえ、ヒノミヤの立場では認めるわけにはいかない。
「や、別に干渉はしないさ。バベルとパンドラを向こうにまわすつもりもないし。しかし、おまえ、うまくやったなあ」
「は?」
「兵部少佐って大金持ちじゃないか」
隠居屋敷。離れ。
ヒノミヤから話を聞いた兵部は大笑いした。
「つまり君は大金持ちの老人に飼われているペットだと思われているんだ。ヒノミヤ、お手」
悪ふざけに付きあって、ヒノミヤは差し出されたてのひらに手を置いた。
「僕が思うに、君は怒るべきだったんだぜ?」
兵部はヒノミヤの手を握って、ソファの上でまだ腹を抱えて笑っている。
「かもな。揶揄してるというより、ほんとにうまいことやったと思ってる感じだったんで、怒りそびれた」
「君はほんとにお人好しだな。まあ、その発想はなかった。そうか、世間からは僕が君を囲っているように見えるのか」
「家賃も光熱費も食費も出してないしな」
特にそれ以外貰ってもいないが。兵部に貰ったのは、今もヒノミヤが胸から下げるリミッターくらいだ。プラチナ製で換金は出来る。勿論売る気はない。
そういうことなら、と兵部は握っているのとは違うほうの手、仕事中は指輪をしているほうの手を掴んだ。
「君の指輪。それ相応のものを貢がせてもらおうか」
「いるか」
「いやいや、よく考えたらその俗物の言うことにも一理ある。年の差というものは往々にして金品で埋め合わせたりするものだ」
「往々から外れすぎてるくせに」
実際のところ、この年の差というのはふたりの関係において、いいふうに作用しているとヒノミヤは思っている。もうちょっと年の差が狭かったら、兵部はヒノミヤを受け入れなかっただろう。
兵部はどこかでヒノミヤを子ども扱いしているし、だから諸所許せているのだろうし、ヒノミヤもふとしたときに、ああ、こいつはとても年上の男なのだと思い、いろいろと看過出来る。
「まあ、実際俺はうまいことやったんだけど」
「ほう」
兵部が挑発するように口の端を上げた。
「遺産目当てに毒を盛られないように気をつけないと」
「そんなものはないくせに」
ヒノミヤは笑う。
兵部はその気になれば大国の国家予算並の金を動かせるが、自分のために使う気はさらさらない。
「毒入りシチューを食わされたのは俺だったよな、確か」
「あのとき君、すごい食いっぷりだったけど、怪しいとか思わなかった?」
「思っても思わなくても、あそこで食わなきゃ俺の仕事終わりだったろ。って、よく覚えてるな」
ヒノミヤにとっては人生を変えた出来事の始まりだったが、幾多の想像を絶する事件の渦中の人物であり続けた兵部が。
「あれが君との出会いじゃないか、と言ってやってもいいが、まあ、僕はあまり忘れない、というのが本当のところだ」
「しんどい性分だな」
顔を近づけると、兵部は目を瞑った。
誰のものにもならないくせに、一を許すと際限なく許す。永遠の愛を誓わせてもくれない。危なっかしくて目が離せない。
頬を軽く抓る。驚いて目を開ける。
「油断すんなよ」
そしてキスした。
終
月が綺麗ですね
2014年1月12日