(12)
7
真夜中に目が覚めた。
こんなことはあまりない。
ギリアムはからだを起こし、きょろきょろと周りを見た。お手伝いさんは晩御飯の片付けをすると帰る。兵部とヒノミヤは離れにいる。母屋にはギリアムしかいない。
ギリアム様。
夢のなかと同じように呼ばれて、ギリアムは裸足のままベッドを降りた。
昨日降った初雪が薄っすらと庭を覆っている。昼間、兵部がその雪をギリアムの襟元に入れた。首を竦めるギリアムに兵部は笑った。
冷たいね、ギリアム。
嫌な笑い方じゃなかった。
足を真っ赤にさせて、ギリアムは歩く。
閉ざされた門の前まで来た。
ここから出てはいけない。
兵部の言いつけだ。
「ギリアム様」
門の向こう側にいる男が呼んだ。
「ご無事でしたか、ギリアム様」
「誰」
「お忘れですか。黒い幽霊の忠実なしもべを」
そう言われれば知るような気もした。
「お迎えに上がりました。囚われのギリアム様を」
囚われ?
僕は囚われているのだろうかと、ギリアムは周りを見た。
ここは兵部の屋敷。兵部とギリアムとヒノミヤが住んでいる。毎日お手伝いさんが来て、たまに兵部の友達が来る。
「兵部少佐のシールドを破る力は私にはありません。ギリアム様が出てきて下さい」
「どうして」
どうして出ないといけないんだ?
「ギリアム様は兵部少佐の術中に嵌って、自分を見失っておられるのです」
だから外に、と男は言う。
「嫌だ」
考えるより前に答える。
「嫌だ。兵部はダメと言った」
「だからそれが奴の策なのです。ギリアム様。お父上の無念を思い出して」
お父上。父上。僕の。僕を嫌いな。僕よりユーリが好きな。
ギリアムは頭を降った。
「嫌だ、僕は、ここに、いる」
言葉を切った途端、ギリアムは脳に直接衝撃を受けて意識を失った。
「ギリアム様!」
触ると検知される柵に、男は思わず触れた。と、同時に首に黒い炭素が巻きついた。命を奪わない絶妙の加減で締められ、男は気絶する。
「さすが真木だ」
わざとらしい拍手が闇に響くと、倒れたギリアムの後ろに兵部が現れた。リミッターを解除しているヒノミヤは、距離を置いたところにいる。柵を挟んで真木の更に後ろには、銃を手にした皆本が立っていた。
「やあ、 皆本クン。深夜勤務ご苦労様」
皆本は苦虫を噛み潰したような表情だった。
「さっさとその黒い幽霊の残党を逮捕してくれたまえ」
「兵部」
「僕の言った通り、坊ちゃんはついて行かなかっただろう?」
事前に情報を掴んでいた皆本は、ギリアムが黒い幽霊の残党について行こうとしたならば、身柄を拘束すると兵部に宣告していた。
「じゃあ夜明けもまだ遠いことだし、僕らはまた寝るよ。真木、泊まってく?」
「いえ、自分はこいつを尋問したいので」
炭素繊維で確保したままの男を指す。真面目だなあ、と兵部は微笑んだ。
「あまり仕事に根を詰めるんじゃないよ。からだを壊しては元も子もない。そうだ、そろそろ健康に気を配ってくれる相手を見つけて身を固めてはどうだい」
「そういう話はまた別の日に」
「うちの子たちはどうして誰も結婚しないんだろうなあ」
兵部がこういうニュアンスで言ううちの子とは、真木、紅葉、葉の三人のことだ。おまえの育て方の問題じゃねえの? と、ギリアムを肩に担ぎ上げたヒノミヤは思ったが黙っていた。
「おまえの育て方の問題だろう」
皆本が言ってしまった。兵部の眉間に皺が寄る。
「そうなのか? 真木」
「いえ、決してそのようなことは」
「ほら見ろ、真木がこう言っている」
「おまえを前にしておまえのせいだとは言えないだろう」
眉間の皺が更に深くなる。
「あー、ほら、時間も時間だし、坊ちゃん起きたら困るし、今日のところはこのへんで」
「そうだな。尋問して逃げられる前に仲間を押さえねばならんし」
ヒノミヤと真木は、兵部と皆本双方に睨まれた。
「おまえら変なとこで息合いすぎ」
ギリアムを担いだヒノミヤは、兵部と母屋に向かった。
「僕とメガネを一緒に語るな」
「へーへー」
ギリアムが行かなくて、ヒノミヤもほっとした。今更 兵部に人殺しはさせたくない。
「坊ちゃん、拒否したな」
「そのために甘やかしてるんだ」
兵部はポケットに手を突っ込んで、猫背になった。
ヒノミヤが空いている右手を差し出すと、兵部はポケットから左手を出した。
今夜も月が綺麗だった。