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クィーンオブカタストロフィ号。
隠居屋敷から葉が帰って来た。
「真木さーん。紅葉姐。じじい、あれ、なんなの」
葉は普段船で生活していないが、少佐に会ったあとは必ず寄って行く。
それを知っている、やはり居を別に構えている紅葉も、少佐の様子を知るために船で待っている。
「俺がいんのに、ずーっとヒノミヤと手ぇつないでんだぜ。坊ちゃんにはふたりは恋人同士だって説明したから、見られてもいいんだと。どうよ? どう思う?」
ふーん、と紅葉。
「少佐、スキンシップが好きじゃない。ほら、私たちがちっちゃいときはそれこそいつも手をつないでたし、大きくなってからも頭撫でたり」
「そりゃ、俺らは家族だし」
「だからヒノミヤは恋人でしょ。手くらいつなぐわよ。結構じゃない。仲良し上等。最近ヒノミヤとうまくいってないんだよね、とか少佐に言われても困るじゃない」
ね、真木ちゃん、と真木に顔を向ける。
「そうなったら、皆本が少佐を引き取るそうだ」
「「えっ? クィーンは? 坊ちゃんは?」」
紅葉と葉は声を揃える。
「クィーンは喜ぶだろうと。ギリアムは葬るのだろうな」
紅葉と葉はそれぞれうんざりを顔で表現した。
「少佐は俺らのとこに戻ってくるのが筋だろう! なんで眼鏡が出張ってくんだ!」
「やっぱり少佐にはヒノミヤと仲良くしていてもらわないと。ね、真木ちゃん」
そうだな、と真木は答えた。
「ヒノミヤと付き合うことにしたから」
と少佐が三人に言ったとき、葉を除くふたりはなにを今更と思った。もうとっくの昔に付き合い出しているものだと思い込んでいたからだ。
ヒノミヤが少佐のいないときを見計らって船に来るのは、ほかの人間の前で会うのを避けているからで、どこか別のところで会っているのだろうと。
ちなみに葉はまったくなにも考えていなかった。
ヒノミヤの奴はじじいのいないときばっか来て、運のない奴だなー、などと思っていたらしい。
実際のところ、ヒノミヤは三年のあいだ少佐と完全に距離を置き、奇襲のように告白して恋人の座を得たということだ。ヒノミヤ本人からあとで聞いた。
真木はヒノミヤとさほど年が離れているわけではないが、だからこそ、若い男がよくもまあそんな気の長い作戦を立てたものだと思う。しかも家族として少佐が差し出した手を、一度拒んだ上での、恋人としてのエントリーだ。
家族を求める少佐に対し、自分は家族ではないのだと、だが側に寄り添う者なのだと主張するのは難しい。真木はそれが出来なかった。だからといって、パンドラのナンバー2になってほしいという少佐の願いを叶えたことを、後悔してはいないが。そうして得た信頼や甘えはこの立場の者にだけ与えられる。おまえにだけ、おまえだから、少佐にそう言ってもらうのは甘美だった。
「そもそもなんでヒノミヤなんだよ。やっぱ納得いかねー」
葉のボヤキに紅葉が呆れ顔を作る。
「あんたまだそんなこと言ってんの。いっそ少佐に告ったら? フられたらすっきりするわよ」
「俺はそんなじゃねー! それにフられんの確定か!」
「確定だろ」「確定でしょ」
真木と紅葉が声を揃えた。
「ひでえ…」
「いーじゃない。あんたは少佐にとって永遠の末っ子なんだから。それで満足なさいよ」
「それは嬉しがることなのか?」
口をとがらせる葉に、あのね、と紅葉は腰に手をあてた。
「私たちは少佐の最初の子供たちなのよ。私たちを育てて楽しかったから、少佐はそのあとも子どもを引き取ったの。それって、別に誰に言うことでもないけど、私たちのなかでは自慢していいことじゃない?」
恋人ではないけれど、自分たちは少佐を支え愛を与え与えられた。
「今度、三人揃って少佐に会いに行くか」
真木の提案に、紅葉と葉は目を輝かせた。
「そうねー。それぞれはしょっちゅう行ってるけど、三人揃っては最近なかったもんねー」
「ヒノミヤのヤツ、調子こいてるからびびらせてやろうぜ」
「あんたはまた、そんなこと。あんまりヒノミヤにちょっかい出すと、少佐に怒られるわよ」
「なんで!」
やれやれ、と真木は思う。
こんな様子を見せたら、また少佐は、君たちはいつまで経っても子どものままだと心配するだろう。だがこう見えて三人とも結構しっかり生きている。
三人とも少佐の子どもだから、少佐の前でだけ、ずっと子どものままでいるだけだ。