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モナークのアパートメントの一室。
アラームをセットした時間より早く起きた。目を開けてもまだ夢を見ているのかと思った。寝室のありとあらゆるものが浮いている。
「えーと」
ヒノミヤはなにが起こっているのか理解しようと試みた。下手に動くとさらになにか起こるかもしれないので、ベッドに仰向けになったまま。そのベッドすら浮いている。
この部屋にはヒノミヤしかいない。ものが浮いているのはサイコキネシスで間違いなさそうだ。
そろりと起き上がり、端末を探して見つけ手を伸ばすと、なんの弾みかすべてが派手な音と共に一斉に落ちた。
割れる物は割れ、ヒノミヤも床に転がり落ちた。幸い打身で済んだ。
「あー…」
惨状に頭を掻く。掴めた端末が無事なのだけが救いだ。こんなことで電話するのは気が引けるが、ほかに相談出来る相手がいない。
兵部を呼び出した。
五分後。
「これは暴走だねえ」
首にタオルをかけてバスローブを着た兵部が、ヒノミヤの部屋に現れた。足元はスリッパだが、割れたものが散乱しているので浮いている。
「おまえ、なに、その格好」
「シャワー中に呼んだのはそっちだろ」
ということはその下はなにもつけていないということだろうかと、ヒノミヤはそれどころではないはずのことを考えた。
「君、目つきがヤバイ」
「いや、正常だろ」
呆れたような顔をしてから、兵部はヒノミヤの肩の上に寝そべるような姿勢になり、顎に手をかけて頬にキスした。
「僕に会うんだったら、髭くらい剃っておけ」
「洗面所に行ったらそこもこうなるんじゃないかと。もしかしてもうなってるのか?」
「いや、ここだけだな」
兵部はさらにヒノミヤの顔を覗き込んで、左目をじっと見た。「超能力中枢が活性化している」
「もしかして、これ、俺がやったのか」
「ほかに誰が? サイコキノの女でも連れ込んだか?」
「あるわけないだろ。ないってわかるだろ」
「僕は不必要に人のプライバシーを透視たりしない」
「そこは透視ろよ」
「今日のところは信じてやろう」
「くっそ。そんで、超能力中枢が活性化つったって、俺の能力これじゃないだろ」
兵部は頷いた。
「君が吸収した僕の力だね」
「え、てことは、突然テレポートしたりとかありえるのか」
「それはまずいな。命に関わる」
兵部は胸にヒノミヤの頭を抱いた。ふわふわしたガウンにヒノミヤの顔が押しつけられる。石鹸の匂いがする、という俗な思考はすぐさま脳に直接流れてきた超感覚によって吹き飛んだ。
「わかるか、ヒノミヤ」
「なにこれ、すげえ」
力の制御の仕方がわかる。
「君が吸収した僕の力はほとんど消えているから、あとしばらくやり過ごしたら君本来の能力は戻るだろう。それまで暴走を抑えてうまくやれ」
数多のエスパーの子どもを指南してきた、さすがの兵部だった。ユウギリも暴走を止められたあと「少佐がコントロールの仕方を教えてくれたから止まった」と言っていた。
そこでふと思い当たる。
「なあ、兵部。こんなに密着する必要あんのか」
「恋人待遇に決まってるだろ。普通は肩に手を置くだけで充分さ」
思わずぎゅうと腰を抱きしめた。やはりガウンの下はなにもつけていない。
「おいおい。お互い時間がないだろう。ほら、ちゃんと学習出来てるかやってみろ」
兵部に導かれて落ちたものを元に戻す。割れたものはゴミ箱のなかへ。
「サイコキノってこんな感じなのか」
「よく出来ました」
額にキスされる。
「俺の能力、戻るのか」
「嫌か?」
左の目蓋にキス。くすぐったい。
「面倒臭いな。能力なしに慣れたから」
「最新型のリミッターをプレゼンしよう」
唇にキス。今日の兵部はサービスがいい。
「そういえばおまえの部屋に初めて来た」
「泊まってくか」
「なんのためにこの時間に起きたんだ?」
仕事のためだ。
「僕も今から寝て、三時間後に仕事だ。今回サボったら真木が暴れる」
兵部は三幹部にヒノミヤと付き合うことにしたと報告している。ヒノミヤがサボりの原因になれば抹殺されるだろう。
「引きとめて悪かった。早く帰って寝てくれ」
「そうさせてもらう」
またな、と兵部は消えて、突然腕のなかが空になった。
後日差出人の名前なしでリミッターが送られてきた。
アルファベットのAの形をしたペンダントだった。