星谷の彼氏

 冬休みの終わりにチーム鳳は鳳のマンションに集まった。
 年末年始は実家に帰っていた星谷は既に戻っていて、ほかのメンバーを出迎えた。
「せっかくだから、おせちっぽいものをね、持ってきたんだ」
 大きな紙袋を持ってきた那雪が、キッチンで中身を広げた。
「もうみんなお雑煮は飽きたかなと思って、こっちは善哉だよ。お鍋あるかな。あっためるね」
「あ、オレやる」
 戸棚を開けて星谷が鍋を出す。
「そっちのは? お皿とかいる?」
「あ、うん。これは黒豆のワイン煮。普通のはもうみんな家で食べたかなと思ったから」
 ワイン、という言葉に星谷の手が止まり、察して那雪は笑った。
「大丈夫。僕は食べないし、作ってるときも湯気吸い込まないようにすごく注意したから」
 アルコールに極端に弱い那雪の体質を心配した星谷は、露骨にほっとした顔をした。
「でも、だから僕は味見してなくて。妹たちは美味しいって言ってくれたんだけど、星谷くん、ちょっと食べて見てくれる?」
 用意のいい那雪が紙皿を取り出し、これも持参していたスプーンで黒豆を掬い取って乗せると星谷に渡す。
「すごくおいしいよ! 那雪!」
「なにがおいしいの?」
 鳳がキッチンに顔を出した。
「あ、先輩。これ。那雪の作った黒豆のワイン煮。すっごくおいしい!」
 星谷は自分が持ったスプーンで紙皿に残った黒豆を再びすくい、はい、と鳳の口元に運び、鳳はそのまま口を開けた。
「ほんとだ。おいしい」
「ね! 那ゆ……」
 き、と言おうとした星谷は、那雪が顔を真っ赤にして固まっているのに気づいた。
 先に理解したのは鳳で、まだ、もぐ、と動かしていた口元に一瞬手をやり、その手をごめんね、の形にしてからそそくさとキッチンを出て行った。
「あー……」
 紙皿とスプーンを持ったままの星谷は、自分がなにをしたか遅まきながら悟り、気まずさに曖昧に笑った。
「ごめん。油断してた。つい、いつもの感じで」
「いつもの感じ……」
「あ、いや、うん! 時々! 時々先輩食べさせてって言うから!」
「食べさせてあげるんだ……」
 那雪がだんだん無の表情になっていくのに焦りながら、星谷はスプーンをシンクで水をかけて洗った。
「な、那雪」
「大丈夫だよ、星谷くん。ふたりがつきあってるのは知っているし、ちょっと驚いただけ」
 そう、ちょっとね、と言いながら那雪は星谷から水の滴るスプーンを奪い取り、黒豆の容器に突っ込み勢いよく自分の口に入れた。
「な、那雪! それ、ワイン煮!」
「あ」
 那雪も動揺からの考えのない行動だったらしく、星谷と目を合わせてしまったという顔になった。

 星谷の絶叫と、けたたましい那雪の笑い声が同時にリビングに届いて、談笑していた天花寺、月皇、空閑、そして鳳がキッチンに駆けつけた。
「星谷! 那雪!」
「みんなー! あっけましておめでとー!」
「那雪ー!」
 みんなが見たのは必死に那雪を取り押さえようとしている星谷の姿だった。
 デジャビュがあるので、チーム鳳の三人は顔をしかめた。
「なんで那雪は酔っ払ってるんだ」
 天花寺の質問に半泣きになりながら星谷が答える。
「黒豆のワイン煮を食べちゃったんだよー!」
 なぜそんな危険なものを、と月皇が呟き、とりあえず空閑が那雪を押さえるのを交代するが、那雪は止まらない。
「おーとりせんぱーい。ぼく、おーとりせんぱいにいいたいことがあるんですー」
 これが酔っ払い那雪、と一歩下がって見ていた鳳に手を伸ばす。
「ゆうちゃんをー」
 ゆうちゃん? と首を傾けた鳳に、オレ、オレ、と星谷は自分を指した。
「よろしくおねがいしますーゆうちゃんはーぼくらのたいせつなリーダーだからーぜったいしあわせにしてくださいねー」
「那雪、暴れるな」
「なんでーしゅうくんはそうおもわないのー」
「しゅうくん」
 あ。オレのことです、と空閑は鳳に申告した。
「ぼくはーゆうちゃんにはぜったいしあわせになってほしいのーだってゆうちゃんのことだいすきだからー」
「ありがと、那雪。だから暴れないで」
「どうする。いつまでも押さえとけないぞ。のして寝かせるか」
「待って、空閑!」
 星谷が空閑を止めているあいだに、鳳が那雪に近づいた。
 空閑が片手で腰を抱えている那雪の右手を、両手で包む。
「約束するよ。那雪。俺は星谷を大事にする。だから安心してぐっすりお眠り」
 那雪は鳳と目を合わせ、にっこり笑うとそのまま目をつむった。
「ね、寝た、だと……!」
「あの酔っ払い那雪が……!」
 天花寺と月皇が鳳のうしろで慄いた。
「空閑。星谷の部屋、わかる? 寝かせといてあげるといいよ」
 離した那雪の手を胸の上にそっと乗せた鳳に、空閑は、はい、と返事をした。
 あ、こっち、と星谷が案内する。
 全員が思っていた。
 やっぱり鳳先輩はすごい……と。
「最近は星谷のカレシにしか見えなくなってたが」
「おい」
 と月皇が天花寺を肘でつついた。

La Vie en rose, 星鳳

Posted by ありす南水