最高のプレゼント
すみません、先輩。今日泊めてください。
星谷から来たメッセージに、いいよ、と返信してから鳳は駅の改札を通った。
終電ではないがもうかなり遅い。綾薙の二学期の終業式はもう終わっているが、年内ぎりぎりまで学校でやることがあると星谷は言っていた。
鳳が三年のこの時期、華桜会を抜けていたせいもあるが、綾薙祭が終われば大きな仕事は後任選びくらいでそこまで忙しくはなかったはずだ。内定された三月から型破りな改革を続けていた星谷たちは、最後の最後まで歩みを止めないつもりらしい。
忘年会とクリスマスパーティの季節の電車内は、酔客が多かった。そのなかに混じって制服を着た高校生がひとり、座席に座って眠っていた。
「あらら」
膝に乗せたカバンを辛うじて抱え、手には携帯端末を握りしめていたのだろうが、落ちかけている。
「不用心だよ、星谷」
声をかけても起きないので、そっと携帯端末を手から抜き取り、綾薙指定コートの胸ポケットに入れてやる。
どうせ行き先は同じだ。鳳は前に立って数駅そのまま過ごした。
「星谷。着いたよ」
肩を揺さぶられ、はっと顔を上げると鳳の顔がそこにあった。
「へ? 夢?」
「寝ぼけない。降りるよ」
膝の上のカバンを持たれ、腕を引っ張られて転がるように電車から降りた。確かに鳳のマンションのある駅だった。
「え? え? なんで先輩?」
「俺が乗ったらおまえが乗ってたんだよ。大丈夫? ちゃんと起きてる?」
ホームを行き交う人にぶつからないよう、端に寄る。外の空気が冷たくて、眠気が消えた。
「先輩も出かけてたんですか」
「うん。ちょっとね」
カバンを渡され、並んで歩いて駅から出た。
星谷はぼんやりと鳳が肩からかけているバッグを見ていて、なかにラッピングされた包みが入っているのに気づいた。
ああ、クリスマスイブだから。
と、そこまで考えて、はっ、と立ち止まった。
「星谷?」
数歩進んで星谷がついてきていないので、鳳が振り返った。
「先輩! 誕生日!」
ああ、と鳳は自分のカバンをちらりと見た。
「楪がくれたんだよ。マメだよね」
いや、あきらかにそのバッグには複数のプレゼントが入っています。
と星谷は思ったが、詮索はできない。
それよりも問題は。
「すみません! オレ、忘れてました! なにも用意してません!」
「いいよ、別に」
「よくないです! オレ、もらったのに!」
今年の誕生日、星谷は鳳から新しい練習着を贈られた。卒業したら学校指定のものは着なくなるからと。
「だからいいって。お返しがほしかったわけじゃないから」
行こう、と鳳が促すが星谷は自分に納得できなかった。
「星谷」
「先輩」
星谷は顔を上げた。
「星谷悠太! 歌います!」
「え?」
「なにも用意していませんが、せめて心を込めて歌います! 鳳先輩! お誕生日おめでとうございます!」
まだ駅に近く、飲食街があるので人通りもある。止めようと鳳が腕を伸ばすより早く星谷は歌い始めた。
誰もが知っている。誕生日の歌だ。
街路樹に巻きつけられた電飾がきらめき、冬の夜空に歌声が広がる。
生まれてきてくれてありがとうございます。
オレにミュージカルの楽しさを教えてくれてありがとうございます。
いつも背中を押してくれてありがとうございます。
ありったけのありがとうございますを込めて、ハッピーバースデーのあとに名前を入れるところを、鳳先輩では収まりが悪いのでファーストネームに「さん」をつけて歌った。そんなふうに呼んだことはもちろん一度もない。
歌い終わってそこに鳳先輩がいることが本当に嬉しくなって、星谷は笑顔を鳳に向けた。と、同時に周囲から拍手が沸き起こる。
いつの間にか星谷と鳳を囲むように人の輪ができていて、その人たちが手を叩いていた。
「誕生日おめでとうー!」
見知らぬ人から祝福を受けて、鳳は気恥ずかしいのかなんともいえない顔をしていたが、頭を一振りすると観客に向かって優雅に一礼した。
これにてショーは閉幕。
「さ、帰るよ」
さっと人垣を抜けて歩き出す鳳のあとを星谷は追った。
「おまえはほんと、驚くことするの得意だよね」
ようやく追いつくと、顔を見せないようにして鳳が言った。
「ダメでした?」
ごめんなさい、と言おうとした星谷に、やはり顔を見せないで鳳が言った。
「最高だった」