宝物をあげる
新居に引っ越したもののなかなか荷物の整理ができず、久しぶりにふたり揃って家で夕食を取ったあと、星谷が洗い物をしているあいだ鳳はリビングで積んだままの段ボール箱を開けていた。
「星谷。これ、おまえの?」
鳳が持ち上げたクッキー缶を見て、星谷は慌ててふきんで手を拭いた。
「そんなところに入ってたんだ。探してたんです!」
小走りに来て、ラグに直接座っている鳳から缶を受け取る。
「よかったあ。引越しのどさくさで失ったかと思った」
胸に抱えて喜ぶ星谷に、鳳は首を傾げる。
「なにが入ってるの。大事なもの?」
「オレの宝物です!」
星谷は胸を張って、缶の蓋を開けた。
なかには、手拭い、観劇後のチケット、DVD、イルカの形をしたしおり、それから赤い紐が入っていた。
「天花寺がくれた手拭い。月皇がくれた遥斗さんが出た卒業記念公演のチケット。那雪がくれたしおり。空閑がくれたDVD。鳳先輩がオレの右手に結んでくれた紐」
星谷はひとつひとつ手にして説明した。
「卒業記念公演の育成枠のオーディションから本番当日、チーム鳳のみんなと鳳先輩がオレにくれた宝物です」
赤い紐が自分が昔髪を結うのに使っていたものだと、鳳はようやく気づいた。ほかのものも今では古ぼけている。
「そんなもの、まだ持ってたの」
「そんなものじゃないですよー」
星谷はすっと息を吸った。
「ほんのひとつのガラクタひとつで、僕は、こんなにも強くなれる」
「ランバートの台詞?」
「そう! あのときのオレの気持ちです! 全部オレの背中を押してくれたみんなの気持ちだから、ずっと大切です」
缶の蓋を閉めて胸に抱える星谷を、眩しいものを見るように鳳は目を細める。
「いいチームだったよね。チーム鳳」
「先輩が選んだ五人ですよ」
そうだった。と鳳は目を伏せて微笑んだ。
「先輩?」
「乗り気じゃなかったんだよね。華桜会なんて。スター枠を自分で抜けておいて、ヘンじゃない?」
鳳がそのあたりの話をするのは珍しい。
「でも引き受けたんでしょ?」
「柊がじーさんに頼んだんだろうなって察しがついたからね。断ったら最後の絆も切れるなって思った」
「先輩たち、仲いいじゃないですか」
「今はね。おまえたちがオレの言いたかったことを表現して、あいつらに伝えてくれたおかげさ。おまえ、憧れの高校生のダンスのこと、黒い翼がバサバサって言っただろ。そういうことだよ」
星谷に話すのにかかっている年月を思えば、だいぶこじれた話だったのだろう。
当時星谷はそういうことの外側にいて、突然鳳が華桜会を脱会し、自分たちが原因だと言われてもなにが起こっているのかよくわからなかった。
「あ、なんか久しぶりに先輩が、尊敬する鳳先輩に見える」
「ちょっと待って。今までなにに見えてたの」
「年上のカッコよくて可愛いところもあるパートナー」
鳳は苦笑した。
「おまえも昔は可愛い教え子だったのにね」
「え! オレは今でも先輩の可愛い後輩でしょ!」
「すごいね。その自信、どこから来るの」
えへへ、と笑う星谷が屈んで頭を差し出すので、鳳はよしよしと撫でた。
星谷の自信はたぶんここから来ている。