酔っ払いと愛の言葉
家で台本を読んでいた星谷の携帯端末が鳴った。
柊からだ。
今日鳳は漣の家でみんなと集まって飲むと言っていた。
柊も一緒のはずだがどうしたのだろう。
「星谷くんですか。すみませんが鳳を」
声が途切れてしゃっくりのような音が聞こえた。
「……すみません。鳳を迎えに来てもらえませんか? 明日の午前中、鳳は絶対出席しないといけない授業があるのですが、僕たちは彼を起こせそうにないので」
またしゃっくりの音。
「柊先輩。もしかして、酔っ払ってます?」
まさか柊先輩が。と思いつつ訊ねると、面目ない、と返ってきた。
「漣の家なのでみな安心して飲んでしまい、ひっく、僕を含めて全員酩酊寸前で。ひっく」
星谷は、はあ、と言うしかなかった。
漣道場で調べれば場所はすぐにわかります、と言われたとおり、終電でここまで来た星谷の目の前に大きな道場があった。
勝手口を開けてくれた漣もアルコールで体温が上がっていて近くにいると熱を感じるし、なにより酒臭い。
北原、今なら先輩を転がせるかもしれないよ……!
星谷は心のなかで同窓生に呼びかけた。
案内された道場には空の酒瓶が並び、歴代の華桜会のなかでも月皇世代と並ぶ華やかさを誇ると称される柊華桜会の面々が、屍となって倒れていた。
「鳳はそこだ。すまないがあとは頼む」
言い置いて漣も畳に倒れた。
「うわあ」
万感の思いを込めて星谷は一言だけ発してから、漣家の人が置いたらしい毛布を、ひとりひとりにかけて回った。
耳まで真っ赤な暁の寝顔は、酔いが冷めたあと後輩に見られたと知ったら激しい自己嫌悪に陥るだろうと想像がついて、極力見ないようにした。
楪はワインボトルを抱いて、すやすやと寝息を立てていた。
柊からはそっとメガネをはずし、誤って踏まない場所に置く。
寝顔が鳳とよく似ている、というよりそっくりだ、と思ったがこれも気づかなかったことにした。
さて、と星谷は気を引き締めて、残るひとりに近づいた。
「おーとり先輩。帰りますよー」
腕を引っ張ってもびくともしない。
「先輩、もー、どーするんですかー、オレ、先輩おんぶできませんよー」
悪戦苦闘のあと、どうにか肩に担ぎ上げて立たせた。
鍵をかけずに道場を出たが、広い敷地のなかなので大丈夫だろう。
外に出てしばらく鳳を引きずったあと、星谷は言った。
「先輩、そろそろ自分で歩いてください」
星谷が手を離すと、鳳は背中におぶさるように抱きついてきた。
「気づいてた?」
「先輩、お酒の匂いしてませんし」
「明日の授業、すっぽかすとほんとにまずいんだよね」
「それでみなさんに合わせて酔っ払った芝居してたんですか?」
「ほら、俺、素面でも酔っ払ってるみたいでしょ」
「返事しづらいことを言わないでください。ほら、ちゃんと歩いて。通りに出てタクシー拾いますから」
なんの罰ゲームかと思いながら、抱きついた鳳ごと星谷は歩き続ける。
「外でこんなにおおっぴらにくっつけること、そうそうないよ?」
「全然、甘い気分に」
息が上がってきた。
「ならないですけどねっ」
鳳は星谷のシャツの隙間に鼻先を埋めた。
「これでも?」
うっすら汗をかいた首筋にあたるひんやりとした感触に、どきりとさせられる。
「明日大事な授業があるなら、オレを煽るのやめてもらえませんか」
えー、と鳳はそのままの格好で不平を漏らす。
「星谷が冷たい。俺を愛してない」
「そしたらわざわざ迎えに来てないですよー。今何時だと思ってますー?」
「もっと優しくして」
「はいはい。愛してますよ、鳳先輩」
「もっと気持ちを込めて言って」
「愛してます、樹さん。もー、なんでオレばっかり言わされてるんですか!」
「それは実は俺も結構酔っ払っているから」
あはは、と鳳が笑った。
ようやく通りに出て、タクシーを拾った。
翌朝星谷が起きたとき鳳はまだ寝ていて、大慌てで起こした。
授業には間に合った。