困惑



「生体CPU」
新型モビルスーツのデータをチェックしていて、思わず眉をひそめた。
部品扱いということは、彼らには一切人間に対する配慮は必要ないということだ。
そういう研究がどこかで進められているとは聞いていた。
ハルバートン提督はその動きに反対して、ナチュラルでも操れるモビルスーツの開発を急いだ、とも。
戦術上、捨て駒は存在する。
指揮官であるならば、勝利が第一。
それは私も否定しない。
だがこの不快な感情はなんなのだろう。
捨てられたからか?
なにが。
わかっているのに白を切りたがる。
私らしくもない。
アークエンジェルは大西洋連邦から不必要と判断され、だがその存在感には着目され、アラスカで前線に出された。
生贄。
違う、戦術だ。
たとえ私があのときアークエンジェルに乗っていたとしても、それが命令であったならば背いたりはしない。
死地に赴けと言われれば、その通りにした。
だがあれは命令ではなかった。
私の心が私の思考を否定する。
彼女たちはどうやって、サイクロプスのことを知ったのだろう。
知らなければ離脱は不可能だ。
ショックだっただろうか。
当たり前だ。
モニターに映る三人の生態CPUのデータを見ていて、思い出した。
「あのぼうずにパイロットになるよう勧めたのはきみか」
かつて交わした、トール・ケーニヒ二等兵を巡る、フラガ少佐とのやりとり。
フラガ少佐はわざわざ休憩に入ろうとする私を待ち構え、人目につかないところで問い質した。
勧めてはいない、と答えた。
嘘ではない。
なりたいのなら志願すればなれるぞ。
私はそう教えてやっただけだ。
ケーニヒ二等兵は、パイロットに憧れを持っていた。
奇跡的な活躍をするキラ・ヤマト。
地球軍のエースパイロットフラガ少佐。
ふたりを間近で見ていて、自分もそうなりたいと思うのは自然なことだ。
ふうん、とフラガ少佐は呟いた。
「ま、現状じゃしゃーねーけどな」
後方支援しかさせねーから。
そう言い置いて、うしろ向きで手をひらひらさせた。
私の判断に不服があると伝わってきた。
フラガ少佐はことあるごとに彼女の側についた。
私はそれが彼女が女性として魅力的なことに起因するのだと、心のどこかで思っていた。
結果としてケーニヒ二等兵は死んだ。
実に呆気なく。
死なないとは思っていたわけではない。
小型で身軽という機体特性を生かして、ストライクの支援任務を毎回的確にこなしたフラガ少佐が特異なのであって、普通の戦闘機は出撃すれば撃墜される。
だから彼が死んだとき、私は予想外に動揺している自分に驚いた。

アズラエル理事をちらりと見る。
戦場にスーツ姿で、この男に殺し合いをしているという自覚があるのか、私にはわからない。
モニター越しに、CPUの「メンテナンス」をしている医師と話をしている。
普通の家庭の子どもならば、薬物漬けにして実験的なモビルスーツに乗せることなど出来ないだろうから、三人の少年たちは孤児かなにかなのだろう。
いてもいなくても誰も気にしない存在。
「むしろ世のため、人のためになっていいのではありませんか?」
男の言うことには、ある種の正義さえ存在する。
そういうものを、私は求めていたはずだ。
彼女のような雲を掴むような、理想ではなく。
なのに今思い出すのは、困ったような、私が度々優柔不断だと苛立ったあの笑みだ。
捨てられる側には、捨てられるだけの原因がある。
今までそう思っていた。現に私はアークエンジェルから下ろされて、今はドミニオンにいる。
それが嬉しくないのはなぜだ。
フラガ少佐は転属先に現れなかったそうだ。
フレイ・アルスターも。
ふたりはどこに行ったのだろう。
輸送船に乗り遅れたのか。
まさか。
そんなことは有り得ない。
戻ったのだろうか。
あの艦に。
羨ましいと思うこの気持ちは?
同型艦なのに、ドミニオンはアークエンジェルとまったく違う。
それはこの艦にはマリュー・ラミアスがいないからだ。
あの艦に漂っていたあの空気は、彼女が作っていたものだったのだと、今頃気づいた私は愚かだ。

別れのとき、彼女はこう言った。

あなたならきっといい艦長になるわね。

確かめてみたい。
あれは心からの言葉なのか、それとも揶揄なのか。

あなたが私なら、今、どうするのか。

無論そんなこと、出来はしない。
現に彼女は私の降伏勧告を迷いもなく断った。











また会えたらいいわね。




輝くローエングリンの光に包まれながら、すべての音が消え行くなかで、彼女の声が聞こえた。








戦場ではないどこかで。






それは難しい条件でしたね、艦長。
私たちは軍人なのですから。

でも私は、あなたに会えたことを誇りに思います。



モドル