きれいごと
生い立ちが、というのは勿論あるだろうけれど。
彼が辿ってきた道が険しいなんてものではなかったことも、わかっているけれど。
それにしたって、随分僻みの強い性格だ。
でもこの男、自分で言うほど人間が嫌いではないのだと思う。
だって話をしたがるのだから。
なんだかんだと呼びつけては、ああだこうだと文句を言う。
私が適当に返事をすると、さらに怒る。
「今、なにを考えていた」
「別に」
「厄介なものを拾った、と思っていたのだろう」
「だから別に。今日は忙しかったから、疲れたなって思ってただけ」
忙しかったのは本当。
今すぐ子どもの寝ている横に、潜り込んで眠りたいくらい。
「そんな仕事、辞めてしまえばいいのだ」
「そしたらどうやって食べていくの。薄給でもないよりマシでしょ」
「そもそもどうして、そんなくだらない仕事に就いているのだ」
それは私が公職追放されているから。
だから、軍人とか役人以外にも、まともな職には就くことができない。
私はそのことを男に言っていなかったらしい。
言ってみたら、ちょっと驚いた顔をされた。
「なぜだ」
「反逆罪で銃殺刑のところを、不問に処してもらったんだから、まあ妥当な線でしょう」
「理はおまえたちにあったのではなかったのか」
「私はそう思っているけど、そう思わない人が世界を動かしているから」
仕方ないわ。
確かに命を賭けて信念を貫いたにしては、見返りがなさすぎて、
惨めな気持ちになることもあるけれど、英雄になりたかったわけでもなし、
一生戦い続けるほどの気概があるわけでもなし、これは私にふさわしい戦後だ。
男は枕に頭をつける。
また苦しくなってきたのかと、ピルケースに手を伸ばすと、触るなと怒られた。
この正規品でない、やたらと高い薬の代金を払っているのは、私なのに。
だがどうやら発作ではないらしい。
男は仮面の下から私をねめつけた。
「おまえは恨まないのか」
「なにを」
「おまえをそんなふうに扱う世界をだ」
しばし考えてから、私は笑った。
男は怒る代わりに、怪訝な顔をする。
「なぜ笑う」
「ごめんなさい。だって、おかしかったから」
「なにがおかしい」
ああ、なんだか子どもの
どうしておかあさん。だからどうして? それでどうして? だってどうして?
みたいね。
あれには閉口するけど、だけど納得がいくまで、あの子は質問を止めない。
「取るに足らない存在なのよ。私は。
だから世界は、私の都合なんか考えてくれないわ」
人はみんな、取るに足らないちっぽけなもので、だけどだからこそ大切なのだと、
もしこれが子どもとの遣り取りなら、私はそう諭すのだけれど。
生憎目の前にいるのは、私より年上の大の大人で。
でも私は言ってみた。
きっと子どもに対してなら言うであろう言葉を。
「おまえは奇麗事の塊だ」
「そうね」
「おまえの言うようになど、おまえ自身も生きていないくせに」
私はまた笑ってしまった。
その通りだと、思ったから。
ナタルの顔が、頭に浮かんだ。
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