拾う


誰かがうずくまっていた。
丸めた背中の大きさからして、かなり体格のいい男だ。

マリューの住んでいる地区は、真ん中よりやや落ちる生活レベルの住人が多く、
行き倒れを見かけることもたまにある。
そういう人を見かけても、子どもにも近寄ってはいけないと教えているのに、
どうしたことか、子どもは男から離れない。

ふ、と思い出す。
ムウ・ラ・フラガはクルーゼの存在を感知した。
遺伝子の為した業だとしか思えない不思議な力だ。
ならばこの子にも同じ能力があるのではないか。
だってムウの子どもなのだから。

男に触れようとする子どもの体を、マリューは自分のほうに引き寄せた。
代わりに自分が男の顔を除き込む。
そしてはっとした。

…この男はムウではない。

「ラウ・ル・クルーゼ」

呟いてから、口元を手で押さえる。
子ども以外誰も近くにいないが、迂闊に口にしていい名前ではない。

「お母さん」
一歩後ろにさがったマリューのスカートを、子どもが引っ張る。
「お母さん」

助けてやれ、とそう言っているのだ。
この男が誰だかもわかりもせずに。

マリューはもう一度男の顔を見るために体をかがめた。
凶器でも隠し持っていてとびかかってくるのかと思ったが、男は本当に意識を失っていた。

苦痛が顔を歪めている。
綺麗な作りだ。少なくとも、元の顔は。

哀れだと思った、とこの素顔を見たムウは、マリューにそう言った。
メンデルで、自分も深く体も心も傷つけられたのに、ムウは彼女にそう言った。

マリューは唇をきゅっと引き締めると、男の肩にそっと手を置いた。