立ち話



女がアパートの前で誰かと立ち話をしている。
下世話で五月蝿い喋り声は近所の主婦だ。


       子どもと病気のご主人を抱えて大変ねえ
       あなたまだ若いのにねえ


赤の他人にそんなことを言われて、何故怒らないのか。
出会ってから怒った顔を見たことのない女は、今日も怒りはしない。


「主人ではありません。
この子の父親の兄です」

お喋り女が、息を飲む。
格好の噂話の種を得た歓喜を感じる。
私の嫌いな醜い、だが親しみのある、浅ましく愚かな感情。



「ただいまあ、おじさん」


小さなものが走ってくる。
私はいつもここにいるのだ。
それなのにこの子どもはいつも駆け寄ってくる。
まるで一刻でも早く、私に会いたいかのように。

「今日はお母さんが鶏のシチューを作ってくれるんだよ。
おじさん、鶏は好き?」
「おまえは好きなのか」
「んーとねえ」
私の顔に顔を寄せて囁く。



ほんとはあんまり好きじゃないの。
ビーフシチューのほうが好き。
でも内緒だよ。
だって、お母さんが作ってくれるんだから。


「なに内緒話してるの?」


なんでもなーい、と笑いながら、子どもは女のスカートにじゃれついた。